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三年目の作家、として
 六月五日、金曜日

(例えばこのように書き出してみる)
 ザー、ザー、ザー……
 深夜、土砂降りの雨。アスファルトを叩き付け、滞り、流れ、路面に反射するオレンジ色の外灯。
 俺は雨宿りを止め、歩き出す。腕に叩き付ける雨。みるみる濡れ、流れ、指先から滴り落ちる。頬に貼り付く髪。鼻先にぶら下がる滴。
「書くことは、それ自体、既に哲学である」
 濡れて縮むスニーカー。シャツの中を流れる雨。夜空を見上げる。闇の彼方から現れる無数の白い雨脚。俺の顔を叩き付ける。叩き付ける。叩き付ける。
 近付くヘッドライト。細かな飛沫をあげて通り過ぎる。遠のく真っ赤なテールライト。曲がる。消える。俺はまた歩き出す。
 夢を見る。この雨が、世界中の誰をも余すことなく濡らしている姿を。
 傘を手に、交差点に立ち止まる女。俺の表面に流れる雨をじっと見つめている。
「抜けるような青空」
 女は傘を閉じた。土砂降りの雨。閉じられた傘は、時計の針のように半回転して地面を差した。俺は女を見つめた。
 徐々に濡れて萎んでいくその長い髪。雨が当たるたび、僅かに閉じるまぶた。微かな笑みを含んだその口元。形容を越えた、艶やかな唇。いよいよ激しく降り付ける雨。
「全てのものは互いに選び合っている」
 女は涙していた。諦めを求めていたかのように。

 六月七日、日曜日

 早朝の朧光がカーテンを貫いている。俺はタバコを燻らせている。青白いもやに満たされたこの空間に身を委ねながら、俺に寄り添い眠る女の顔を眺める。
 口付けによって剥がされ、露になった肌は雨上がりの若葉のように瑞々しい。満たされた寝顔。何を満たされたのか。誰が満たしたのか。
「幸福には神が必要だ、そう言う者がいる」
(そして、物話はいつの間にか継続した存在になっていた。物語のアイデンティティー。思いを馳せれば結末が見えてくる。私は嫌気が差し、その破壊に取り掛る)
 女は目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。美しい背筋。そこには黒い翼が生えていた。
 女は物憂げに翼を広げ、確かめるように軽く羽ばたいた。俺は知った。女が間もなく飛び去ろうとしているのを。
「空に何が待っていると言うのだろう」
 女は窓から身を乗り出し、翼を広げると、俺に背を向けたままこう言った。
「あなたは決して飛べないひと。身重で、翼もない」


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