『三年目の作家、として』
(これはこれで面白いが、部分的に使われることに限って成立するものである。これが百ページ、二百ページと続けば読者は疲れ果て、イメージを受け入れられなくなるであろう。
次に、句読点を入れてみる。まず、その句読点間に出来る限り語句を詰め込み、出来る限り句読点量を少なくする方法で試みる)
オープンテラスのカフェから見える銀杏の並木が悶えるように風に揺れている。漏らすように俺が吐き出した煙草の煙の中で小さくなるブルーのシトロエンを横切り、目前の歩道を男たちが笑みを浮かべて走るように歩き日傘を差した女たちが這うように歩く。
「幸福を求める人種」
いつまでもカップの縁を辿り続けるか細いナナの指を強く握り締めた俺の手を、ナナは諦めに似た優しさで見つめていた。
「人間社会の生態系」
俺はナナの手を引き寄せ口に含んだ。それはもちろんナナの指を噛み砕くためでも飲み込むためでもなく、俺の腕の間にナナの頭が入る空間があるように俺の口の中にナナの指を入れる空間があるからなのだ。
(次は、句読点間を出来る限り狭め、出来る限り多量の句読点を入れてみる)
「赤って、何の色だと思う?」
舌、で、感じる、ナナ、の、か細い、指。柔らかな、指。滑らかな、指。滑らかな、爪。冷えた、指。
「花、果実、夕日、血」
満たされず、強く、噛んだ。一瞬、顔、を、歪め、遠く、を、見つめた、まま、の、ナナ。
「口紅、マニキュア、私のライター、唯則のサングラス、それに……」
舌、で、感じる、ナナ、の、血液。温かな、血液。それは、愛、の、連環。鉄、の、連環。俺、は、舌、を、噛み、ナナ、の、愛、と、混ぜ、合わ、せ、戯れ、た。
「春の、雪」
(以上の試みの結果、私はこう感じるに至った。文章には適度な区切りが必要である、と。それは論理的にはどのように考えたらいいであろうか。私は、こう考える。
人間は全てを、世界を、つまり時間と空間とを無数の部分に断絶させ、記憶するものとしないものとを取捨選択して捉えている。継続ではなく、断絶させている。
何故ならば、全てを記憶するには、人間の記憶の容量が、あまりにも小さいからである。
そして、人間は効率的に記憶を呼び起こすために、その選ばれた全ての部分を秩序正しく分類し、保存しているのである。
例えば、人はある一日の出来事を思い出すとき、生まれてからその日までの全ての記憶を順序よく思い出してからその日の出来事に辿り着いたりしない。また更に、その一日の一出来事を思い出すのに、朝目覚めてからのその日の全ての記憶を思い出したりしない。
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