『三年目の作家、として』
「可能的自己を制限する人種」
カーテンが波立つ。力の抜けたナナの膝が鏡でうごめく。透き通ったナナの首筋。
「お客様、いかがですか」
外から女の声がする。ナナの耳を噛みながら手を伸ばし、一気にカーテンを開くと、眩しいほど純白の空間が飛び込んだ。
色彩を手に取る疎らな人影。貼られた大きなモノクロ写真。ギョッとした店員の顔。俺はその手にドレスを差し出す。
「これ」
かがんでサンダルを履き直すナナ。
「それと、あの帽子」
俺が指差した方を見上げ、振り返ってナナは微笑んだ。
店を出て、夕闇の並木道を歩く。空を覆う漆黒のケヤキ。古アパート。すれ違う人影。楽し気に帽子を被り、跳ねるように歩くナナ。振り子の買い物袋。
「自己は自己を自己が自己に表現したものによって知る。例えば胸の締め付け」
立ち止まって煙草をくわえた。植え込みに紛れたビニール袋。痩せこけた土。掌を照らし出すライター。靴底で削れる小石の感覚。夕闇に一点の火種。溢れ、流れ出す白煙。
ナナの赤らんだ踵がヒールの上で僅かに上下する。ナナのふくらはぎが僅かに隆起する。スカートの裾が僅かにはためく。流れる煙。後ろ手に持たれた紙袋。流れる煙。帽子の後ろ頭。流れる煙。夕闇。流れる煙。
「歓喜と幸福とは同義か」
古びた公衆トイレ。古びたコンクリートブロック。俺が手を引くと、ナナは理解した。黒光りしたコンクリートの床。小さな穴に流れ込む汚水。錆び付いたノブを引き、ナナが入り、俺が続き、錆び付いた鍵を掛ける。
「憲法第九条を改正せよ」俺が、か。どのように、だ。「セックスフレンド募集中のりこ」男の字で、か。今でも、か。「貴基殺す」宣言、か。俺に、か。
ナナの鼻唄。ナナの黒い下着。ナナの背中。すらりと伸びたナナの脚。俺は煙草を踏み消した。靴から伸びる呻くような煙。ナナの鼻唄。肌を滑り降りたドレス。ナナが振り返った。
「どう?」
露になった繊細な肩。控えめな胸の膨らみ。美しい腰の流線。裾から伸びる艶やかで悪戯な脚線。
「これ以上は、あり得ない」
「本当?」
ナナが微笑した。やはり、あり得ない。俺はナナが脱いだ服を掴み、小さな四角い窓から投げ捨てた。
「愛において、全ては真実だ」
翻りながら舞い落ちる二切れの抜け殻。ちらつく青白い蛍光灯。ドアを開け、伸びやかに道に出るナナ。はためくドレス。ストラップ。暗闇に近い夕闇。
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