『三年目の作家、として』
六月二十三日、火
(先日、友人に「日本語をみがく小辞典」なるものをお借りした。それは〈名詞編〉、〈動詞編〉、〈形容詞・副詞編〉の三編に分かれていて、学浅い私にとって少なからず開眼させるものであろうことが予想される。
だが、私自身の経験上、それについての思考を何もしていないところに知識を持ち込むと、つまり今の状態なのだが、全否定か全肯定しか行われず、補足や修正など、私の考える知識の有効利用が行われないことが多い。
それは、言い換えれば、私の中に私以外の者だけで作られた言語理論の土台が築かれ、或いは、私がその理論以外のものだけで土台を築いてしまい、その本来の理論の姿への修正に費やす膨大な時間が必要になるという滑稽な事態が生じることが多いのである。
であるから、私はこの絶好の機会に、時機早尚を承知の上で、矛盾や誤謬や無意味を可能な限り避けることに注意を払いつつ、その理論の構築を試みようと思う)
吹き抜けの天井で回転するいくつもの巨大なプロペラ。メガレストラン。ナナが口にしているアプリコットクーラー。俺の節榑立った手。似合いのジョッキ。蒸し暑い。
「東京湾の水と多摩川の水って、どっちが綺麗なの?」
「それは透明度のことか、毒性のことか、美的感覚に訴える度合いのことか?」
狭苦しい後ろのテーブルから聞こえる声。
「……あなたらしくない、って。頭に来たから、私、こう言ったの。私は私なのに?」
ナナの向こうの狭苦しいテーブルから聞こえる男の声。
「……あいつに笑われたのは、辛かった」
潤んだナナの瞳が俺を見つめていた。
「私に、何ができるの?」
潤んだナナの瞳が俺を見つめていた。
「私は、何をすればいいの?」
潤んだナナの瞳が俺を見つめていた。
「私は、何がしたいの?」
(まず、私が構築したい理論とはどんなものなのか考える。だが、すぐには明確に規定できないので、消去法で限定してみる。
第一に、それは品詞の区分を規定するものではない。例えば、一般にこれは名詞だと区分されているものを、動詞だと主張するためのものではない。そこには従う。
第二に、活用を規定するものではない。例えば、か、き、く、く、け、けの五段活用をく、く、け、か、こ、き、き、かの変則八段活用にすることを主張するものではない。そこには口語、文語などの使用条件や効果を除き、従う。
第三に、仮名遣いや送り仮名を規定するものではない。例えば「動く」を「う動く」だと主張するものではない。そこには従う。
第四に、それは日本語を放棄するものではない。寧ろ、日本語の可能性を探るものである。だが、それは日本語のみに留まることを意味しない。あらゆる言語記号の表現における可能性の探求である。
以上が短時間で思い浮かんだ条件であるが、これらだけでは不十分であることは痛切に確信している。
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