『三年目の作家、として』
では、どのようにしてそれを解決するのか。いや、実際にどのように解決しているのか。
それは有限個の語同士を組み合わせ、組み合わされたものを一つの意味として伝達することにより、その種類数を増やそうというものである。それだけではない。そこに文脈によって形作られた状況をも組み込むのである。
例えば、今ここで私が「私たち」と言えば、それは全ての人間を表すが、ナナが「私たち」と言えば、それはナナと唯則のことを表す、というように。
こうして、私たちは有限個の言語によって無限個の事物を言い表すことに限りなく近付くことができるのである。
だが、そこには必ず類推の弊害が付きまとうことを忘れてはならない。具体的に言えば、説明不足、意味の取り違い、深読み、などである。
これらのような弊害に常に気を配りながら、私たちは書き、かつ、読み、また、話し、かつ、聞くべきであろう)
助手席に座り、鼻唄を歌うナナ。流れる外灯。星空。ナナの鼻唄。目の前に割って入るテールランプ。星空。バックミラー。静寂。ナナの鼻唄が消えた。
「私……もう、唯則のこと、愛せない」
流れる外灯。真っ直ぐ前を向き、呟くナナ。
「もう、好きじゃないの」
流れる外灯。
「その話し方が好きじゃない」
流れる外灯。
「そのハンドルの握り方が好きじゃない」
流れる外灯。
「その目も、その鼻も、その口も、その表情も、一度に好きじゃなくなったの」
俺はブレーキを踏み付けた。叫ぶウィール。暴れる挙動。暴れる挙動。叫ぶウィール。暴れる挙動。暴れる挙動。暴れる挙動。澄み切った星空。
「……だったら、降りろ」
「やっぱり……」
俺は顔を上げた。ナナの寂しげな瞳が俺を刺していた。
「唯則は私の言葉しか見ていない……」
ナナの口が歪んだ。一気に頬を伝った一筋の涙。赤らんだ華奢な鼻。鋭い顎にぶら下がり、小刻みに震える涙の滴。
「嘘だったのか」
「う……そ……?」涙の滴が千切れ落ちた。「……分かった……私、もう本当のことしか言わない……それも……思ったこと全部言葉にしてあげる!」
口を結び、前に顔を逸らすナナ。
「そんなことできるはずがない。できるならナナの中身が全て言葉でできていることになる。できるはずがない」
ナナがまた振り返った。
「できるわ!」
俺はまたアクセルを開けた。スピードが上がる。流れる外灯。「煙草が吸いたい」と言って火を点けたナナ。限りなく澄んだ星空。緩やかなカーブに合わせて回る俺の白手袋。
それは、既に存在の手錠を嵌められていたのだ。
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