LOGOS for web

三年目の作家、として
 動詞の場合はどうか。試してみよう。
「走り、曲がり、上下して、通り過ぎるセンチュリー」
「センチュリーが走り、曲がり、上下して、通り過ぎる」
 これも形容詞の場合と同じような感じを受ける。
 つまり、肉体感覚的な効果を求める場合は少数の形容詞または動詞を先に、その後に名詞を持って来るのがよい。余韻的、または感傷的な効果を求める場合は少数の形容詞または動詞を名詞の後に持って来るとよい。また、次々とカメラがズームアップするようなリズムと映像の効果を求める場合は、多数の形容詞または動詞を名詞の後に列挙すればよい。
 そしてそこに副詞や接続詞を交える場合には、少なからず理性的なイメージが介入し、また、その順序は形容詞の例のような効果を上げるだろう。例えば
「極めて美しい」
「美しい、極めて」
 のように。
 さて、二番目の本題に移る。語の反復の効果についてである。反復にはどのような効果があるか。
 まず、強調の効果があると思われる。強調は語を加えることでもできるが、それとはどのように違うのか試してみる。
「俺は馬鹿だ、俺は馬鹿だ」
「俺は本当に馬鹿だ」
 上の例は主観に没入した深刻さがあり、下の例は冷静な方向に一歩引いている感じがする。
 また、同じ語や文を繰り返す形式と、意味はほとんど同じで違う語や文を繰り返す形式とがあるが、それらの効果の違いはどうか。
「俺は馬鹿だ、俺は馬鹿だ」
「俺は馬鹿だ、馬鹿だ俺は」
 先程述べた通り、上の例は主観に没入した深刻さがある。だが、下の例は一歩引いた感じがし、しかも、諦めてその事を笑ってしまおうという感じすら受ける。
 次に、時間を経過させる効果があると思われる。試してみる。
「流れる外灯、流れる外灯、流れる外灯、流れる外灯。ナナの脚」
「流れる外灯。ナナの脚」
 効果は明白である。
 最後に、接続詞と副詞の単独反復を考えてみる。
「そして、そして、そして」
「すごく、すごく、すごく」
 これらはその語が単独で使用される場合、例えば「そして」の後に何もない文、は、その後に続く部分において文脈から思い起こされるであろう意味、或いは漠然とした何物か、を強調する。
 そしてその反復は、その思い起こされるであろう部分をより強調する効果がある。また、形容詞などと同じように、時間を経過させる効果もある。
 以上の考察を踏まえ、それぞれの効果を常に考慮に入れながら書くべきである)


3-4へ
BBSに感想を書く
著者へメール
寄付
back



Warning: require() [function.require]: URL file-access is disabled in the server configuration in /virtual/logos/public_html/www.logos-web.net/hp/d/l/kid/3/17.html on line 85

Warning: require(http://pagead2.googlesyndication.com/pagead/show_ads.php) [function.require]: failed to open stream: no suitable wrapper could be found in /virtual/logos/public_html/www.logos-web.net/hp/d/l/kid/3/17.html on line 85

Fatal error: require() [function.require]: Failed opening required 'http://pagead2.googlesyndication.com/pagead/show_ads.php' (include_path='.:/usr/local/lib/php') in /virtual/logos/public_html/www.logos-web.net/hp/d/l/kid/3/17.html on line 85