『三年目の作家、として』
では次に、同一の世界を共有する複数の文、段落、節、章における順序について考える。
以前に、一文の中における複数の語を入れ替えた時の効果について述べた。では、複数の文、段落、章、節においてはどうであろうか。
これは語におけるほどには容易ではない。いや、ほとんど不可能に近い。何故なら語は要素であり、文は意味であるからである。言い換えると、語は意味を表し得ないが、文は段落から見れば要素にはなり得えても、決して意味を失うことができないからである。更に言えば、意味は世界を形成することにおいて時間的要素であるからである。
例えば、Cを求める問題であれば、AならばB、BならばC、であるからAならばC、という順序を変えることは他の文の存在価値を失わせることであり、小説で言えばAが死んだ後、A以外のものによってAが生きているという回想は可能であるが、A自身が生きることは不可能である。
もちろん、順序を入れ替えることが可能な文も存在する。だが、作者が順序の効果を十分に吟味したならば、そのようなことはほとんどない。
私たち人間は、あることを知ってしまうと、二度とそれを知らない状態には戻れない。つまり、ほんのちょっとした順序の誤りが、致命的な誤りに繋がる。それを意識に留め、書き進めたい)
深夜の風が爽やかだ。桜木町の駅を越え、自転車を拾った。ガンメタルの自転車。後ろに座るびしょ濡れのナナは、爪先から海を滴らせている。爽快だ。ガードに沿って走る。
「海が真っ黒にうごめいて……淡い月明かりを揺らして……ぐちゃぐちゃに……」
横乗りのナナが続ける。
「怖かった……息ができなくて……目をつぶったの……それで……」
ペダルを漕ぎながら振り返る。ナナの滴がアスファルトに点々と伸びている。
「お父さんに頬を叩かれたときのような痛みが、全身に、走って……息ができないくらい……うずくまって……目を開けたら、私は泡に包まれてた……真っ暗で……他に、何も、なかったの……」
左の大通りをタクシーが疎らに通り過ぎる。
「不思議だった……自分が、どこからきたのか分からなくて……上なのか、下なのか、それとも……そういうことが全部、分からなかった……」
巨大な交差点。右手に小さく二人の人影。手を振っている。遥か後方に過ぎ去った。
「でも私は知っていたの……何もしないでただじっとしていれば、この自由で恐ろしいところから戻れる、って」
頭上を通過する巨大な立体交差。空は暗黒だ。
「だから、その真っ暗な世界で、私は体を動かさないでじっとしていたの……見えない力に押し潰されそうになりながら、ただじっとしていた……苦しかった……」
小さな信号に停止した。右からパトカーが現れた。減速し、俺の行く手を塞ぎ、停止した。暗闇に赤い光が回転する。ドアから現れた二人の人影。
「少し、寒い……」
近付く人影。ナナの頭を抱き寄せた。濡れた髪が頬に冷たい。人影が声を発した。馴れ馴れしい、見え透いた、ありきたりな口調。
「こんなとこで、何やってんのぉ?」
……ぶち壊しだ。
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