『三年目の作家、として』
七月二十二日、火
自転車の行く手を遮り、立ちはだかった二人の警官。前輪を挟んで右前に、左前に。念を押すように、右の男がハンドルを掴んだ。
俺が、逃げるとでも?
「ねぇ、こんな時間に……あれ、どうしたのー彼女、その格好?」
腕の中のナナが深く顔を埋めた。
「そこの海に飛び込んだんだ」
警官が顔を見合わせた。
「……本当は、どうしたんだ?」
寒さからか、ナナの肩が震えている。信号が青に変わった。タクシーが静かに発車した。
「おい、本当は……」
「俺は真実を話せばいいのか? それとも嘘を話せばいいのか?」
左の警官の目がナナを刺している。
「真実だけを話せ」
「真実だけ? 真実を掴んだ奴が今までこの世にいたのか?」
右の警官が自らを落ち着かせるように大きく呼吸した。
「起きたことを、話せ」
「起きたことを話す……それなら俺じゃなく、起きたこと自体に聞けばいい。俺が知っているのは俺が知っている起きたことでしかない」
「目の前に起きたことをそのまま話せと言っているんだ!」
とっさに、左の警官が右の警官の肩を掴んだ。危うく合法的に暴行されるところだった。赤い回転灯に照らされながら、口から、鼻から、こめかみから……公務執行妨害。
落ち着いたところで俺が結論する。
「つまり……あんたの言う真実は、真実じゃなくて合意だろう?」
逸れた論点。警官は気付かずに結論を吟味する。
「……それで、何が悪い?」
「何も問題ない」
「……」
問いに詰まった沈黙。愚かな沈黙。いつでも、強いのは問いを立てる側だ。顔を埋めたまま、優しいナナが答えた。
「海に飛び込んだの」
右の警官は大きく一呼吸した。気が付いたようだ。次なる問を発した。ようやく本題だ。回りくどい。左の警官は車に無線の準備をした。
「その自転車は、お前のか?」
「俺の?」と言おうとして止めた。もう、いいだろう。この警官の言葉にそこまでの意味が含まれていないことも知っている。「あそこで拾った」
警官は車に上半身を突っ込んでいる相棒に振り向き、「やったんだと」と嬉しそうに言った。
おめでとう。
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