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三年目の作家、として
 八月四日、火

(最後に、題名の効果について。
 さて、いよいよ最後の考察である。題名についてである。まず初めに題名とは何かを考える。
 題名とは、その文章に冠せられた名前のことである。希に、章や節にも題名が冠せられることがある。だが何のために、題名は冠せられるのか。
 それは分類のためである。文章だけではない。例えば私には木戸隆行という分類が為され、更に発展して、木戸、日本人、人間、と発展する。或いは、成年、男性、等とも分類される。では更に考えて、何のために分類が行われるのか。
 それは抽出の利便からである。例えば木戸隆行を抽出しようとしたとき、全世界の人間の名前が列挙されたものから検索することは気の遠くなる作業であるが、日本人、東京在住、男性、二十四歳と分類されていれば、その作業が容易になるのは明白である。
 それはあたかも、先に述べた、種類が有限な語によって無限の事物を表す方法と同じように見える。そしてまた、題名が本体の特徴の一つを表しはするが、本体の全てを表しはしないところも同じである。
 以上のことから、題名を冠することは必要不可欠とは言いがたいが、少なくとも検索に便利なのであり、よって、何らかの意図がないのであれば、題名を冠することが適当であると言える。
 早急と思われるかもしれないが、まとめとして、上に述べた題名を冠する意味などを参照し、適当であると思われる条件を挙げる。
 第一に、題名は本体と無関係ではならない。
 第二に、他の題名と類似しているような、検索し難いものは好ましくない。
 第三に、余りにも多くのものを表すような、非限定的なものは好ましくない。
 以上を以て私の理論構築は一旦完了した。
 思い返せば、我ながらよくやった、と思う。もちろんまだまだ未熟なものであることは知っている。だが、同時に、大きな前進であったことも事実であろう。
 最初は二十一あった論題が、日が経つにつれて数が減り、最後には十にまで減っていた。もちろんそれは多少なりとも思考からの逃避であったが、寧ろ、まとめて論じられるべきものが分散していたという理由が大きい。言い換えれば、それは論を進める最初の段階での失敗であったのである。


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