『MICROMANCE』
お母さんはカップを両手で包みながら次の言葉を待った。KIDOくんは意気ヨウヨウと続ける。
「それなら、ほら、先輩もオーナーもいないし、いじめも客の奪い合いもないし、嫌な客に愛想遣わなくてもいいし、好きな時にできるし、好きなこと書けるし、何より、寝転びながらできますよー!」
「寝転びながら……ステキー!」
お母さんはゆっくり目を閉じた。
「呆れて言う言葉もないわ」
「きめた!私、小説家になる!」
「おめでとうございます!」
「お母さん、今日は帰るわね」
「ねえKIDOくん、まずなにしたらいいのかなー?」
「そうですねー。まず、紙とペンじゃめんどくさいからワープロを買って……」
「ALちゃん、バイバイ。また来るからね」
「ねえお母さん、ワープロ……あれ?いない」
まっ赤なソファーが広い。その背中の窓から見えるまっ青な空。スズメの声。
「……いない、ですね」
ALがいつのまにか私のヒザからいなくなってる。青いローテーブルのうえにはカスのついたハッピーターンの透明な包みが散乱してる。包みに囲まれたお母さんの使ってたお皿、唇の線がついたフォーク、少しだけ紅茶が残ったカップ。
KIDOくんはローテーブルの光景を見て、ほおばっていたルマンドを気まずそうに飲み込んだ。
「あ、BAKAに電話しなくちゃ」
立ちあがった。お風呂の入口近くにおいてある白いコードレス電話。受話器をあげたらALが私の足もとにやってきた。背中をなでてあげたら「にゃー」とないて向こうに走ってった。
「あ、YASUKOだけど……うん、帰っちゃったみたい……うんわかったー。じゃあねー」
「ピンポーン」
「はーい」
パタパタ歩いて玄関のドアを開くと、あいつが息をきらして立ってた。
「やーべぇやーべぇ」
「はやーい」
「おう、今さ、そこ歩いてたらおばさんが出てきてさ、やーべぇやーべぇ」
奥からKIDOくんがさけんだ。
「SATOさーん、おじゃましてまーす」
「お、その声は、いとしいをかなしいと読む、逃亡者KIDOくんだね?」
「まさにそのとおりでーす」
あいつは片足をあげてスニーカーを脱いだ。
「おかえりー」
「た、ただいまー。ははは」
ALが走ってきてBAKAを出迎えた。
「あのね、私ね」
「ああ」
顔をあげたあいつ。
「小説家に、なったのー」
「へえー」
あいつはスニーカーを放り出してALを抱きあげた。
「ねーKIDOくん」
「そうなんです。文豪、YASUKOさんが誕生したんです」
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