『MICROMANCE』
あいつが頭を押さえてかがみ込んだ。天井から吊りさげられた「大売り出し」の赤い看板が揺れてる。バカ。頭をぶつけた。あいつはかがんだまま看板を見あげた。
「なーんだよこれー」
「ははは」
「バーカ」
あいつは後ろ頭をなでながら立ちあがった。
「KIDOくーん、これ、ひどいよなぁー?」
「ははは、そうですよね、ははは」
KIDOくんは両手でお腹を抱えて笑ってる。
「ったく、あ、ほら見てよー、血が出てるよー」
あいつはなでてた手を広げて見せた。ごつごつした手。指先にちょっとだけ、血がついてる。
「はは……」
「BAKAがむやみにおっきいから悪いんだよー」
「違ーうよ。こーれ、絶対チビな奴が吊したんだよ、しかもバカの。あー痛てえー」
「はは、男子禁制の店なのかもしれないですね、はは」
自分の手についた血を詳しく調べるあいつ。
「BAKA、キズ、見せて?」
「いーよ、こんぐらい」
「見ーせーなーさーいー!」
あいつが頭をつき出した。黒くて長い髪をかきわけたら、白い頭皮に赤黒い切り傷がちっちゃくできてた。そこから血がにじんでる。
「いたいのー?」
「痛い、ですか?」
「痛い、で、す」
つき出した頭から聞こえる声。
「バンソーコ、はる?」
「え、でも、髪剃らなくちゃいけませんよね?」
「あ、いや、痛くないよちっとも!」
あいつは私の手からサッと頭をひっこ抜いた。ずっとさげてたから顔に血がのぼってまっ赤になってる。
「お、あぶねー!またぶつけるとこだった」
「ほんとにだいじょうぶなのー?」
「はい!ほんとーに、大丈夫、です!」
見あげると、看板がまだ小さく揺れてた。私たちはまた歩きだした。
「あの看板さー、魚のコーナーの前にあるってことは、魚の大売り出しってことだよねぇ?」
「そう、ですね」
カゴにトマト缶を入れる。
「俺たちって今日、魚使わないだろ?ってことはさー、俺は、自分にはなーんの意味もない看板に、頭をぶつけたってことだよなー?」
「そういうもんですよ、セラビーセラビー」
ペンネを入れる。
「まあ買い物に来るのが俺たちだけじゃないのは分かるけどさー、せめてもう少し高く……あ、でもあんまり高いと目立たないかー」
冷凍食品の棚、そのとなりにアイス。どうでもよくなっちゃった。
「要するに、俺がもっと注意してればよかった……のかぁ?いや、そもそもこのスーパーに来たってこと自体が……いや、それよりも生まれてしまったこと……」
「SATOさん、あんまり原因を辿り過ぎるとビッグバンまで行っちゃいますよ」
パンの棚。食パンを入れたらカゴがいっぱいになった。
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