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MICROMANCE
 あいつは読みながら私のマグカップに手をのばした。
「あ、これ……この間俺に『あのときなんて言ってたー?』って聞いたの、この部分を書くためだったのかー?」
「うん」
 あいつはカチャカチャとページをめくっていく。
「でもこれ、マズイんじゃなーい?」
 あいつはコーヒーをすすった。
「どうしてー?」
「だってさ、俺は……俺は構わないけどさ、KIDOくんとかおばさんとかには許可をもらわないと、プライバシーの問題とか、いろいろあるんじゃないの?」
 私は煙をはき出す。
「だ、い、じょーぶ」
「そうかぁ?まあ、確かにだめとは言わないだろうけどさー。でも、自分のこと書かれるのって、あんまり気持ちのいいもんじゃないと思うよー?」
「だって……二人をぬかしちゃったら話にならないじゃない」
 あいつはコーヒーをローテーブルにおいた。
「いや、なにもドキュメントにする必要ないじゃん」
「なにそれー。このまえは『ありのままの自分を書け』とかなんとか言ってたじゃなーい」
「それはそういう意味じゃなくてさ、なんて言ったらいいかなぁ……そのー……外的事実じゃなくて、内的事実って言うか、そういう意味だよー」
 ALはカエルのボールペンに飽きて毛づくろいしてる。
「ナイテキジジツ、って?」
「それは、そのー……なんて言うか、感じたり考えたりしたそのものって言うか、実際目の前にあるものじゃなくてさ……」
「だったら、写真はガイテキジジツじゃないの?音楽だって実際に楽器から出る音でレコーディングするんでしょー?」
「いや、それを言ったら小説だって、実際にある紙と文字だろ?そうじゃなくてさ……」
 私は灰皿に灰を落とした。
「と、に、か、く、これでいいのー。プライバシーとかなんとか言う人のことなんて書くつもりないし」
「ま、まあーいいんだけどね、なんでも」
 開け放してた窓からさわやかな風が流れ込んだ。振り返った私の顔いっぱいに、まっ青な空が差し込んだ。向かいのアパートのベランダでは洗濯物がたくさん干されてる。
「BAKA、いい天気だねー」
 窓にヒジをついて、タバコの煙を空に吹きかけた。空と私の汚れはあたたかな風にやさしくとけた。
 今日は久しぶりの二人っきりの休日。私は小説家の特権でいつでも休日にできるけど、あいつは日曜日だけ。
 あーあ、早く二人でラクラク印税生活がしたいなー。そしたら毎日休みにするのに。
 見おろすと、幼稚園の制服を着たちっちゃい男の子と女の子がしゃがみ込んでる。二つの黄色いボウシが動いてる。となりの庭で、なにかいじってる。
「ねえ、お昼どうするー?」
「ん?そうだなー、ガゼボにでも行くかー」
 そうか、春がきたんだー。
「うん」


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