『MICROMANCE』
男の子のとなりには、ニットキャップをかぶったカッコいい女の人が座ってる。たぶんお母さん。さらにそのとなりのイスには、ちっちゃくて毛の長い犬がきちんと座ってる。
男の子は私と目があうと、めちゃめちゃ憎たらしい顔で舌を出した。私も対抗して、ヤツよりもっと憎たらしい顔で舌を出した。ヤツは負けずに、最上級の憎たらしい顔をした。
とっさにそれ以上の憎たらしい顔が思いつかなくてまごついてたら、ヤツは「ざまあみろ」の顔をしてソッポを向いた。
くやしいー。でも、あの憎たらしい顔、どこかで見たような気がする……あ、あれだー。
私がまだ新潟のおばあちゃんちにいたころ、おなじ小学校で仲のいい、ジュンくんって男の子と裏山に登ったことがあるの。私、その山のことよく知ってたから、一緒に探検しようって誘ったの。
私は「こんな秘密の場所も知ってるのよー」って威張りたかった。ジュンくんも「女の子になんか負けないぞー」って、その木はどこにでもあるもので大したものじゃないとか、その実はおじいちゃんのうちにいっぱい落ちてるとか強がってた。
私はどうしてもジュンくんにスゴイって言われたくて、ジュンくんはどうしても認めたくなくて、どんどんどんどん見たこともないような奥地にまで登って行ったの。
足もとはだんだん暗くなって、二人ともだんだん疲れてきて……五時のチャイムが聞こえたときにはもう、自分たちがどこにいるのかさえわからなくなってた。
ジュンくんが不安そうな顔で「もう、帰ろうよー」って言った。私は「いいよ」って答えた。もちろん帰り道なんてちっともわからなかったけど、強がってた手前、私は自信満々に歩きはじめた。道のない森のなかをぐるぐる。暗い森のなかをぐるぐる、ぐるぐる。
そのうち、ジュンくんが「この木、さっきも見たよおー……うえーん!」って泣きだした。青いビニールのヒモが枝に巻きつけられてた。
私が正直に、ここがどこなのかわからないって話したら、ジュンくんはよけい泣いちゃって「よく知ってるって言ってたじゃないかあー!やっちゃんのバカー!バカバカー!僕はもう死んじゃうんだあー!」ってさけびだした。
私も「ジュンくんだって知ってるって言ってたじゃないー」って言い返したら「言ってないよ、そんなこと言ってないよおー」って。
幼心に私は、もうダメだなってあきらめた。遠く空を見ると、影絵みたいな林のあいだからまっ赤な夕焼けが見えた。めちゃめちゃキレイだった。
夕焼けのしたにはとなりの山が見えて、そのふもとから金色に揺らめく田んぼがずうーっと広がってた。田んぼのまんなかに、まっ赤な鉄塔が立ってた。
そのとき、ハッと気がついた。もしかしたら、あの鉄塔に向かってまっすぐ歩けば自分の知ってるところに出られるんじゃないかって。
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