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完結した夏
「あ……う……」
 文香の腰が速度を落とし、ひきつりながら──動き、止まり、動き──止まった。
「お前……」
 文香は俺の胸に倒れ込み、激しく息を切らした。文香の口の前に垂れた髪の束が呼吸に合わせて前後した。文香の背中にびっしり噴き出した汗の粒を、青い月明かりが照らしていた。
「……どけ」
 息を切らして動かない文香をそっと横にどけ、俺は足を床に下ろした。クローゼットを開け、シャツを取り出し、袖を通した。「水面……」文香は息を切らしながら起き上がり「ゆるして……」ベッドから転げ落ちた。そして俺を見上げた。
「ねえ水面……」
「……最低だ」俺はベルトを締めて靴を取り出し、足を突っ込んだ。
「お願いゆるして……ねえ……お願い!」俺はドアをそっと閉じた。文香の声をそっと遮断した。階段を下り、夜道に出て、タバコに火を点けた。足下の明るさに気づいて顔を上げると、夜空に月が煌々と輝いていた!
 俺の唇は完全に脱力し、タバコがするりと落下した。
 何て美しい。純白に輝く月が鮮明で、全く動かない。漆黒の夜空が澄み切っていて、どこまでも高く、遠い。完敗だ。何て美しい。
 涙が頬を伝った。月に向かって歩き出した。いや、月に歩かされた。鼻水が唇を通過した。俺は完全に脱力した。
 月に向かって246を横切った。外灯のない細道を上り、下りた。ビルの隙間を駆け抜けた。公舎の塀を乗り越えた。ブレスレットが千切れ飛んだ。駐車場を横切って、生け垣を身体ごと突き抜けた。女にぶつかった。女は勢い良く倒れた。俺はなおも突き進んだ。突然ガクン!……として、見ると、女が俺の足をつかんでいた。
「ちょっと!」
 振り向いて見下ろすと、赤いターバンを頭に巻いた女が鋭く俺を見上げていた。眉の鋭い、いかにも気の強そうな、そんな女だった。沈黙のまま次に出される言葉を待つと、鋭く見上げる女の両目が、突然、ふっと、和らいだ。そして掠れ声が静寂に響いた。
「みい、ちゃん?」
 タクシーが背中から通過して、俺は全てを理解した。


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