『完結した夏』
「私?」陽子が膝の上でグラスをもてあそんだ。「道玄坂の『THREE』ってクラブで働いてる。……知ってる?」俺は首を横に傾けた。「ちょっと入ったとこにあるからわかりにくいかも。でも、すごいいい空気流れてるんだよ。くる人も……」
俺はタバコに火を点けた。首を縦に二回振った。肩を組んだ男女がBMWの向こうを横切り、マンションに入って行った。
「……みいちゃんは、どんな音楽聞くの?」
「俺……」陽子は今度は笑わなかった。「そういうの、よく分からないから……」
「ふぅーん……」陽子がグラスを置いた。「じゃあこれから家こない?いろいろ貸したげるから」
俺はうなずいて、トイレに立ち上がった。
赤い光に満たされたタイル貼りのトイレは広々としていて、便器がぽつんと神々しかった。俺は便器から一メートル下がり、アーチを描いて放尿した。一滴も外さず、痛快だった。
蛇口を捻り、手を打たせた。爽快だった。顔を上げ、鏡を覗くとそこには、縮れウェーブの短髪男がじっと俺を見詰めていた。
ドアを開け、テクノをトイレに流し込み、蓋をした。陽子はすでに立ち上がり、女と挨拶を交わしていた。赤いターバン、黒いキャミソール、カーゴパンツ、スニーカー。白壁で三人の黒人が笑い、天井でプロペラが回転している。青いライトがテーブルに落ち、BMWが窓に見える。グラスに残ったビールの泡は、取り残されたレースのカーテンだった。陽子が俺の腕にそっと手をかけた。
「行こ?」
「うん……」
店を出て、見上げると、純白の月がいまだ夜空に煌々と輝いていた。
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