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完結した夏
 8(遠)

 細道を抜け、小川を跳び越え、あぜ道の十字路をいくつも過ぎた。一反先を歩く陽子は鳥のように両手を広げ、夏の日差しを浴びていた。蒸し暑い風がむっと流れ、青々とした稲穂の海をうねうねと巨大に波立たせていた。俺はしゃがみこんだ。稲穂の根元の水面に二匹のアメンボが波紋を立てて跳ねていた。つかまえようと手を伸ばすと、アメンボはものすごい速さで段階的に離れて行った。水が手に温かった。
「みいちゃん、はやくー!」
 見ると、陽子が大きく手招きをしていた。その向こうに遥かに広がる青い水田。振り返れば陽子の家が遠く小さい。陽子の家のある住宅地の左手には小さな雑木林が広がり、セミの音を遠く響かせている。
「はーやーくー!」
 そう呼ばれて走り出した途端、水田にガクンと右足を落とした。急いで引き上げるとスニーカーが泥水を飲んでいた。
「ハハハハハ!」
 足を振って泥水を飛ばし、また走った。右足が地面に着くたび、スニーカーの中の生温い水がガポガポと音を立てた。陽子は両手で腹を抱えて笑った。
 しばらくあぜ道を歩いて行くと、コンクリートの農道に出た。農道は東西に真っ直ぐ風景を貫いていて、それに沿って農業用の川が流れている。西の方には陽子と俺が通う小学校が遠く小さく見える。
「私、あの学校きらい」
 陽子が農道の脇の土手に茂る夏草にしゃがみ込んだ。
「いじわるで、うそつきばっかり」
 陽子のポニーテールが肩から肩へと撫で回った。俺は陽子の隣にしゃがみ込んだ。土手にはびっしりとクローバーが生い茂り、それは農道に沿って続いている。
「ね、知ってる?四葉のクローバーを見つけると、幸せになれるって」
「うん……」
 陽子はヤセッポッチの膝にあごを乗せ、手で探りながら四葉を探した。ミツバチが顔を横切り、川の流れに魚の影が見えた。
「あった?」
「まだ……」
 陽子は目の前に四葉がないことを認めると、しゃがんだまま横に移動した。俺は反対側の土手に移り、四葉を探した。
 うっそうと茂る濃緑の葉を掻き分けて、四葉と思って手に取ると、それはいつでも三葉だった。茎を辿って根をつかみ、プチプチッと土ごと掘り起こすと、そこには褐色のミミズが乳白色の腹をくねらせていた。
 土に頭をねじり込むその太いミミズを引っ張り出すと、ミミズは指の下でくねくねとうごめいた。俺はミミズを路面のコンクリートに押えつけ、鋭く尖った石を見つけ、擦り潰すように切り裂いた。切り口からぐちゃぐちゃの液体が漏れ出した。二つになったミミズはそれぞれに、のたうちまわった。見詰めるほどに気味が悪く、手にした石を投げつけた。
 石はミミズに跳ね返り、しゃがみ込む陽子の背中まで転がった。陽子の腕は、まだ四葉を探っているようだった。日はやや傾き、空は黄色味を帯び始めていた。振り返り、掘り返した土を元の穴に被せると、背中で陽子の声が上がった。
「あった!」


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