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完結した夏
 11(遠)

「やめてよ、やめてよ、ママ、ママ、マーマー!」
 タイル貼りの浴室に、かん高いわめき声が反響した。全裸の母が全裸の俺をタイルの床に押さえつけていた。硬いタイルが背に冷たい。
「あんた、あの子となにした!」
 俺は両足をジタバタさせた。母は俺の頬を張り、軽石を手に取ると、俺の胸を激しく擦った。俺の胸が赤剥けた。
「いたい!」
「うるさい!」
 母がまた頬を張った。「うるさいよ!」頬を張った。熟した乳房が揺れた。
「汚れたその身体、綺麗に洗い流すんだよ!」
 母は俺を押さえつけたまま勢いよくシャワーを捻った。湯気立ち上る熱湯が俺の顔面を叩きつけた。
「あつい!」
「うるさいって言ってるでしょ!」母が俺の両唇を非常な強さで噛んだ。俺の両目から熱いものが流れ出た。俺は脱力した。
 母は俺にシャワーを浴びせながら、軽石で丹念に擦って行った。痛みが走り、直後、透き通る冷気が吹き抜け、そうして、全身を覆い尽くして行く。
「私を裏切るなんて……許さない……許さないよ!」
 母は軽石を叩きつけた。俺の髪を強烈につかみ、立ち上がらせた。俺は全く脱力していた。余分な肉のない母の身体が視界を覆い、その肌は蛍光灯に透き通っていた。
 母は髪をつかんだままハサミを手にした。浴室を映し込んだ鋭い二枚の金属が、開き、そして閉じた。シャキンという音が頭骸骨に響き、黒い髪の束が次々に落下した。
「あんたはあいつの血を引いてる……そっくりなんだよ……」目の前を髪の束が落下した。「だから、しっかり、しつけなきゃ……」足下のタイルが黒い髪の毛で埋め尽くされて行く。「しっかり、縛りつけなきゃ……」黒い髪の毛が母の脚に貼りついて行く。
「……水面、ママのことが好きなら、分かるわね?」最後の髪の束が目の前を落下した。「はい、できたわよ?鏡を見てみなさい?ほら、素敵ね?」
 鏡では、トラ刈りの俺が切れ毛にまみれていた。「よかったわね?」まだらの頭は青々とし、所々で地肌が露出していた。
「うん……」
 母がシャワーを優しく当てた。頭から顔、胸から腹へ、爪先へ。今度は母が脚を曲げ、自らに付着した毛髪に当てた。母の身体の表面を水の膜が一気に覆い、黒い毛髪を巻き込んだ。そのまま髪は渦巻いて、間もなく全ては排水された。
 そして俺は抱き抱えられながら湯に浸かり、大きなバスタオルに包まれるように拭かれ、パジャマをきちんと着せられた。母は優しく微笑んで、俺はそれを見上げていた。窓の外からシャンシャンとスズムシが緩く鳴いていた。
 リビングのソファーに座り、母が料理を運んだ。豚足の香草焼き、ブロッコリーと赤ピーマンのサラダ。マリネ、ワイン。次々に並べられる豪華で異様な夕食を、俺はただ見詰めていた。
 母は裾の短いナイトドレスに着替え、俺の向かいに腰かけた。カーテンは完全に閉じられ、虫の音も遠かった。
「いただきましょう?」
 そう微笑んで母がグラスにワインを注いだ。真っ赤なワインが波打って、二つのグラスを満たして行った。
 その時、電話が鳴り響いた。


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