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完結した夏
 12(近)

 ドアを開いた瞬間、強烈な臭気が鼻を、目を刺した。俺は一瞬顔をしかめ、腕を鼻に当てた。靴を脱ぎ、部屋に目をやると、床に広がる汚物の上で、文香が膝を抱えてじっと座っていた。
 一目見て、汚物は嘔吐と失禁によるものだと分かった。文香の口から流れた嘔吐の痕跡が、髪に、乳房に、膝に、腕に、足首に、床に向かって干からびていた。目の下の隈はくっきりとし、真っ赤に腫れた文香のまぶたはじっと一点を見詰めていた。目尻から頬を伝い、あごに向かって二筋の涙の痕跡が白く干からびていた。
 俺はクローゼットを開け、シャツを脱いだ。文香のまぶたは動かなかった。ズボンを下着ごと下ろし、ベッドに横たわった。文香の後ろ頭は動かなかった。
 CDをそっとサイドテーブルに置き、タバコに火を点けた。カーテンは真昼の日差しを受けて明るく発光していた。文香の背中は動かなかった。俺の鼻は異臭に麻痺し、知覚を忘れていた。目の異常な乾きは、タバコの煙のせいか、尿素のせいか、分からなかった。膝を抱える文香の腕は動かなかった。
「おぉ!」
 俺は足を振り上げ、文香の背中を蹴飛ばした。文香は膝を抱えたまま汚物に倒れた。ビチャッという音を立て、汚物は文香の側面にはねた。カーテン越しの光を向こうに浴びて、その様は実に美しかった。文香のすすり泣きが聞こえ始めた。
 俺はタバコをくわえたまま起き上がり、冷蔵庫を開いた。冷気の霧がこぼれた。そこからハイネケンを取り出して、そのプルタブを引き上げた。
 文香は汚物に伏せて顔を覆い、身体を震わせ、すすり泣いた。冷えたハイネケンが喉に冷たかった。
 カーテンを開いた。入道雲が彼方に積もっていた。一気にハイネケンを飲み干した。日が強過ぎるのでカーテンを閉じた。
「水面……」
 文香が汚物に伏せたまま、むせび泣きながら、繰り返した。俺は歩み寄り、立ちはだかり、陰茎をつかんで文香の顔面に向けた。
「うるっせえんだよ!」
 下腹部に力を込め、勢いよく放尿した。尿は黄色い棒となり、文香の顔に突き刺さった。文香はくしゃくしゃの泣き顔を上げ、口を開き、ゴボゴボと受け止めた。タバコの煙が横に流れた。
 放尿を終え、陰茎を振ると、汚物まみれの文香が俺の脚に巻きついた。「ゆるし……」俺は文香を蹴り上げた。髪をわしつかみにし「あ……」汚物の床に打ちつけた。「あぁ……」打ちつけた。「あああ……」打ちつけた。
 電話が鳴った。
 俺は文香の頭を投げ捨て、汚れた右手で受話器を上げた。受話器に汚物がドロドロとついた。
「あい」「水面か?」「あい」「俺だ」「知ってる」「……お前、学校にはちゃんと行ってるのか」「あい」「本当か」「あい」「じゃあ送られて来た『出席状況に関する通知』に書かれてるこれは何だ!おぉ!答えろ!」「俺を陥れるために仕組まれたナチの工作です」「……お前は自分の置かれている状況が分かってるのか?俺の送金が止まれば、お前は美佳子……あのゴキブリと同じ道を辿ることになるんだぞ?なあ、分かってんのか?……分かってんのか!」「……あい」


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