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完結した夏
 それが何なのか、はっきり分かる必要はなかった。それだけで絶望に十分だった。俺は気が狂れたようにそれを身体から擦り落とした。腹の、股間の、腿の、それらの皮膚が、激しい指の摩擦とともに真っ赤に染まった。
「うっ、うっ、う……ぅ、うっ、うっ……」俺の目から鼻から口から、大量の熱い液体が噴き出した。シーツに落ちたそのカスから逃げるように、畳の上を転げ回った。
 俺は自分を助けてくれる誰かの名を叫ぼうとした。だが、それは声にならなかった。少しして、陽子の顔が浮かんだ。だが、叫ぶには遅過ぎた。
 俺は部屋を出た。むせび泣きながら廊下を走り、階段を下りるうち、靴底に隠したクローバーが思い出された。靴に駆け寄り、小さな手を差し入れると、しおれた感触が指先に当たった。それを取り出し、窓の光にかざすと、四枚の葉に染み込んだ陽子の言葉が映像とともに蘇った。
 ……お父さんのぶんまで幸せになれますようにー……
 俺は膝を抱えてうずくまった。泣き叫んだ。涙が膝頭に落ち、足首に伝った。鼻水が垂れ、よだれも口からあふれ出た。尻に廊下はひんやりとし、セミの鳴き声が家の外側を取り巻いていた。
 俺は顔を上げ、もう一度クローバーを窓にかざした。しおれた四枚の葉は、それでも、しっかりと空に開いていた。


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