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完結した夏
 空は依然、どす黒い雲だった。激しい雨音が止むことなく続いていた。だがそれは依然として優しく、また不思議に静かだった。
 しばらくして、プールの閉鎖が告げられた。陽子と俺は歓声を上げて屋根を飛び出し、天然の豪雨のシャワーを身体に浴び、それから更衣した。プールの入口で落ち合った後、陽子が電話ボックスから家に電話した。婦人が車で迎えに来ることになった。
 入口の前の階段に座る、陽子の長い髪が濡れてペタンコだった。陽子はヤセッポッチの脚を雨の中に伸ばし、打たせていた。依然として、叩きつける雨は激しさを緩める気配がなかった。陽子は脚を打つ雨を眺めていた。
「私、お父さんが転勤ばっかりだから、友達ができてもすぐにバイバイしなくちゃいけなくて……みいちゃん、転校したこと、ある?」
 俺は陽子の横顔に首を振った。
「先生のあとについて教室に入るとき、すごいこわいんだよ……教壇に立つと教室じゅうの目が私にあつまって……それで先生が紹介するの……『今度転校して来た藤館陽子ちゃんです』……そのあいだずっと私、先生の話が終わらないように祈ってる……だって、つぎは私が話さなくちゃいけないから……なにも話すことなんてないのに……」
 陽子の伸ばした脚がすっかり濡れている。ビーチサンダルの鼻緒を挟むように、足の指を握ったり伸ばしたりしている。
「それで、やっとできた友達に、お別れ会で……あ、きた!」
 ヘッドライトで雨を貫きながら、緑色のシビックが近づいて来る。陽子が脚を引っ込めて立ち上がった。俺はバッグを手に持った。
「お母さーん!」陽子が両手を大きく振った。
 シビックは門の間で曲がり、階段のすぐ前に来て、停止した。陽子と俺は車に駆け寄り、後部座席のドアを開け、素早くシートに乗り込んだ。婦人が運転席から振り向いた。
「大変だったわねぇ。さっきテレビでやってたけど、台風が進路を変えたんだって」
「へえー」陽子が助手席のシートに手をかけ、身を乗り出した。
 婦人は前に振り向き、発車させた。
 門を抜け、農道を進み、フロントガラスに激しく落ちる分厚い雨を、素早くワイパーが払い除ける。婦人の両手がステアーをしっかり握る。
「水面ちゃん、お母さんは?」
 バックミラーに映った婦人の顔が、注意深く進路に目配せをしている。車は豪雨の中を突き進んでいる。左右の水田が風雨で悶えている。
「いません……」
 陽子が俺に向き返った。「いない?」「うん……今日は、いない……」
「あら……」婦人がミラー越しに俺を見た。「困ったわね……」ワイパーが雨を払い除けた。
 陽子が俺に身を乗り出した。「じゃあ今日は家にとまりなよ!」そして婦人に乗り出した。「ね、お母さん!」
 しばらく沈黙した後、婦人は複雑な声で俺に泊まって行くように言った。陽子は喜びの声を上げた。車は進んでいた。
 雷光が瞬き、雷鳴が轟いた。車内は屋根を叩きつける雨音で満たされていた。俺は婦人の後頭部にお辞儀して「ありがとうございます」とつぶやいた。


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