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完結した夏
 22(遠)

 陽子の家のリビングのテーブルに、婦人と陽子が夕食を運んでいた。俺のビーチサンダルはその家の玄関にあった。
「ねえ、お父さんはー?」「今日は仕事でお泊まりよ」「えー、なんでー?」
 俺は落ち着かなくソファーに座り、今にも尻が浮き上がりそうだった。「何でって……ねえ水面ちゃん?」トレーを手に入って来た婦人が微笑んだ。「はい……」俺はうつむいた。
「みいちゃん、知ってるの?」陽子がドアを閉めた。
 楽しげな食事風景だった。陽子は絶え間なく喋り、婦人はいちいちそれに答え、箸の進みは非常に緩慢だった。俺は沈黙のまま、慎重に食事のペースを合わせていた。
「……ねー、みいちゃん?」しばらくして、食べ終えた陽子が首を傾けた。「うん……」まだ途中だったが、俺も箸を置いた。
「もういいの?」「はい……」「じゃあ陽子、運ぶの手伝って?」「はーい」
「あ、あの、僕も……」
「いいのよ、水面ちゃんは座ってて」「お母さん、これは?」「ええ、それもお願いね」
 すっかりテーブルが片づくと、婦人が番茶を煎れた。
「ごちそうさまでした……」「お粗末様でした」「いえ、そんな……」「みいちゃん、お母さん、料理、じょうずでしょう?」「うん……」「私ね……」
 婦人が番茶を両手に、優しく照れていた。陽子は目をギラギラさせて喋り続けた。シャンデリアが柔らかな色で部屋を照らし、外では夜の虫が柔らかに鳴いていた。すでに台風は過ぎ去っていた。
「その頭」婦人が真顔で俺を見ていた。「お母さんに切ってもらったんでしょう?」
 俺はしばらく考えてから、注意深くうなずいた。「やっぱり……」
 陽子が身を乗り出した。「やっぱり、って?」
「ううん……」「ねえ、やっぱり、ってなあに?」「……そうだ……陽子、早くお風呂に入りなさい?水面ちゃんが入れないから、ね?」「お母ぁさーん」「上がったらお話ししてあげるから、ね?ほら、早く?」
 陽子が立ち上がった。「ぜったいだよー?」「はいはい。ほら、早く早く」婦人が追い出すように陽子の背を押した。「はぁーい」と、しぶしぶ陽子が部屋を出た。
 陽子が浴室に入るのを確認すると、婦人は背中でドアを閉めた。「私もね、水面ちゃんのお母さんに、今の水面ちゃんみたいな頭にされたことがあるのよ……」
 婦人は本棚から一冊の本を取り出して、俺の隣に座った。表紙に卒業アルバムと書かれてあった。婦人は俺の目の前にアルバムを置き、パラパラとめくり、止めた。
「これが、それよ……」


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