LOGOS for web

完結した夏
 婦人の指が一枚の大判なモノクロ写真を指した。頭にハチマキを巻き、半袖半ズボンの体操服を着た三十人ほどの学生が、グランドで整列している写真だった。婦人の指はさらに写真の上をなぞって行った。「それで……これが、私」婦人の指が、ある一人の学生を指して止まった。
「ね?」
 その、豆粒大の学生は、ブルマーを履き、体操服の胸が盛り上がってはいるが、首から上はどう見ても丸刈りの男だった。その、恐らく女学生、は今にも泣き出しそうな表情で写っていた。
「これが……おばさん……」俺の目頭が熱くなった。「そう。それで……」婦人の指がその学生の斜め後ろに写っている学生を指した。「これが、水面ちゃんのお母さん」
 それは一目で母だと分かった。ハチマキをして、お下げを垂らしている母は、寒気がするほど澄ました顔で写っていた。
「どうして……」俺の目から写真に涙が落ちた。「どうしておばさんがこんな目にあわなくちゃいけないの……」もう一粒写真に落ちた。婦人が俺の背を擦った。
「私もいけなかったのよ……美佳子が英人さん……水面ちゃんのお母さんが、水面ちゃんのお父さんと仲良くしてる、って知っていたのに……二人がおつき合いしている、って知っていたのに……」
 俺は鼻をすすった。「……ママから、パパを、とっちゃったの?」
「ううん、そうじゃなくて……水面ちゃんのお父さんが……その……気の多い人、でね……その……私も、気が弱いから……その……断り、切れなくて……」
 俺は鼻をすすり、婦人の顔を覗き込んだ。「……とっちゃったの?」
「違うのよ……その……一度だけ……仲良く、しちゃったの……」
 婦人が俺から天井に顔を背けた。
「体育祭の最中だったわ……その現場を、美佳子に見られてね……あの時の美佳子の恐ろしい形相、今でもはっきり覚えてるわ……美佳子は私に詰め寄って、髪を力一杯つかんだわ……そのまま廊下を引きずって、階段を引きずって……校舎中を引きずり廻したわ……私、痛くて、恐ろしくて、何度も何度も『ごめんなさい、ごめんなさい』って泣き叫んだの……その声が誰もいない校舎に響くたび、美佳子は悲鳴のような声を上げて私の身体を蹴り上げた……何度も、何度も、何度も……」
 婦人は天井を見詰めながら身震いをした。
「それで……教室に入って、机からハサミを取り出した……私は殺されると思った……美佳子がハサミを私の頭に当てて……ザクッ、と音がしたとき……私は、思わず失禁して……でも、美佳子は殺さなかった……教室の床は私の髪で埋め尽くされて……私の頭は丸刈りになって……それで、美佳子は私に、顔を突き合わせてこう言ったの……その頭で体育祭に出たら、許してあげる……」


22(遠)-3へ
BBSに感想を書く
著者へメール
寄付
back