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完結した夏
 24(遠)

 朝まだ早いうち、俺は布団で目を覚ました。ドアの外、恐らくキッチンから、トントングツグツ音がする。
 昨晩はこの畳の間に広げられていた三組の布団が、今は二組しかない。俺が横たわっている布団と、隣で寝息を立てている陽子の布団。もう一組の婦人の布団は、すでに押し入れに上げられたのだろう。
「ようちゃん……」そう呼びかけたが、陽子の寝顔に反応はなかった。俺はもう一度呼びかけた。「ねえようちゃん……」だが、やはり反応がなかった。
 俺の膀胱に圧迫感があった。一言で、排尿したかった。だが、陽子は眠っている。そして、婦人は起きている。俺は天井の木目に意識を逸らし、タオルケットの中で脚を交差させ、それでも足りず、両手で陰茎を握り、圧迫していた。
「ねえ……」
 力の抜け切った陽子の寝顔が枕に少し沈んでいる。「ねえ……」と言いかけて、俺は諦めて起き上がった。廊下に出て、婦人に気づかれないように慎重にトイレに入った。
 何て爽快な放尿。
 陰茎の先から勢いよく噴射する透明な水の棒が、音を立てて便器の壁に突き刺さり、砕ける。光を強めて行く窓が、込み上げて来るセミの音が、俺の顔に降り注ぎ、タイルのトイレは満たされる。
 最後の一滴まで絞り出し、俺の排尿が完了した。
 トイレを出て、気づかれないように再び布団に潜った。陽子が向こうに寝返りを打った。すでに畳の部屋は隅々まで明るく、セミの声は高まっていた。朝は完全にやって来ていた。
 俺はしばらく陽子の後ろ頭を見たり、天井の木目を見たり、床の間を眺めたりしながら、婦人が陽子を起こしてくれる時を待った。あるいは陽子が自ら目覚める時を待った。この布団から解放される時を待った。しばらくして、ようやくドアの外で足音が近づいた。俺は目を閉じた。
「陽子?陽子?起きなさい?陽子?」婦人の声が隣で聞こえ、俺は今目覚めたように目を擦った。「あ……おはようございます……」
 嫌がって、タオルケットを頭まですっぽり被った陽子の枕もとで、婦人が優しく微笑んだ。
「おはよう、水面ちゃん。今日は台風一過の晴天よ」
 それからみんなで食卓に着き、味噌汁やご飯や焼き魚や漬け物や、それら質素で豪華な朝食を残さず平らげ、婦人の笑顔を見て、陽子が俺を遊びに誘った。
「ねえみいちゃん、今日はどこ行く?」
 婦人が食器を集めて重ねた。「陽子、遊びもいいけど、宿題はちゃんとやってるの?お母さんたち、今年は手伝ってあげないわよ?」
 陽子が椅子の上であぐらをかいた。「だいじょうぶだよ、あと20日もあるんだから」
「去年も一昨年もそうやって延ばし延ばしにして、最後にはお父さんとお母さんに泣きついて来たじゃないの」
 陽子が身を乗り出した。「こんどはー、だいじょうぶなのー!」
「今度、今度って……いつもそう言うけど……陽子が一人でちゃんとやり終えたものが何か一つでもある?ないでしょう?」
「こんどはー、ほんとうにー、だいじょうぶなのー!」


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