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完結した夏
 俺は門に背中をもたれて地べたに座った。
 尻の下の地面が少し緩んでいる。乾いた表面を剥がしてつまむと、ぼろぼろと崩れて落ちた。もう一度剥がしてつまんでみても、やはりぼろぼろと崩れ落ちた。
 それは何度やっても同じだった。
 見ると、腿の内側に藪蚊がとまっていた。俺の皮膚にしっかりと針を刺し、身動きもせずに黙々と吸っている。俺は蚊が血を吸い終えた時、例えば蠅が前足を擦り合わせるように、どんな満足そうな仕種をするのか知りたくなった。
 そして待った。だが、蚊は針を引き抜くと、すぐさま宙に飛び去った。
 腿の皮膚が徐々に盛り上がって行く。毛穴を大きくへこませて、山のように腫れて行く。モンシロチョウがたどたどしく横切った。エンジン音がして、大きなトラックが目の前に停止した。
 青い制服を着た運転手の男が窓から顔を出して何かを叫ぼうとした。俺はその前に立ち上がり、少し離れたところに隠れて様子を伺った。倉庫から作業着姿の男が出て来て大きな鉄格子の門を開いた。トラックは短くクラクションを鳴らし、黒煙を巻き上げて入って行った。
 そして門は閉じられた。
 その後、どれくらい虫を捕まえ、川に手を突っ込み、土を掘り起こしただろう。俺の握りこぶしから顔を覗かせていたアマガエルがようやく這い出て跳び去る頃、辺りはヒグラシの声とコオロギの声とで濃密になり、イチジクの木の枝を通して、空が赤く夕焼けているのが見えた。
 そしてその赤も、家に着く頃には辛うじて地平線近くの空に残っているだけだった。
 夕闇の道には家々の明かりが連なり、だが、その列にぽっかり穴を空けたように、俺の家だけは暗く、ひっそりとしていた。
 俺は玄関を開けた。青い廊下に蝶番のきしむ音が響いた。静まり返った階段に照明のスイッチを入れる音が響いた。鍵をかける音が、ビーチサンダルを脱ぎ捨てる音が、鼻をすする音が、玄関に反響し、こもった。
 俺は次々に家中の照明を点けて廻った。スイッチの音がパチッと空しく響いた。蛍光灯の点灯音がカーンカンカンと空しく響いた。
 ソファーには、誰も座っていなかった。トイレには、誰も座っていなかった。浴槽には、誰も浸かっていなかった。キッチンには、誰も立っていなかった。布団には、誰も眠っていなかった。
 耳に聞こえるのは、俺の足音だった。目に動くものは、俺の影だった。
「宿題しなくちゃ……」だが、宿題は終わっていた。
 俺は勉強机のライトを点けた。机の上は片づいていた。俺は計算ドリルを開いた。答えの欄は全て埋まっていた。俺はシャープペンシルを動かした。書かれてある数字を二回ずつなぞった。赤い丸すらなぞった。だが、背後で渦巻く静寂は消えなかった。
 俺は窓から空を眺めた。青い夜空に満月があった。


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