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完結した夏
 25(近)

「……みいちゃん」
 頬に冷たいものが触れ、目が覚めた。水色のバスローブを着た陽子が、氷の入ったグラスを俺の頬に当てていた。
「はい」
 陽子がそのグラスを差し出しながら、ベッドに横たわる俺の隣に腰かけた。石鹸のいい匂いがした。
「……何これ」
「ディタのソーダ割り」陽子が逆の手に持っていたもう一つのグラスを口に傾けた。俺は陽子の手からグラスを受け取った。バカラだった。
 四角い窓が金色に発光していた。シーツは俺の身体の形に乱れていた。隣の部屋からテクノのベースが聞こえていた。
 俺はディタを口にした。唇を潤すように、冷えた水滴が吸いついた。「……何時?」だが陽子は答えずに、グラスをサイドテーブルに置き、タバコを取り出してくわえた。俺は床に転がるくしゃくしゃのズボンに手を伸ばし、脚を通した。陽子の首がゆっくりと周囲を見回した。俺はスボンを腰まで上げ、ポケットからライターを取り出し、陽子の開いた手に乗せた。
 髪を束ねた陽子の後頭部が傾き、その向こうに小さな炎が立った。
 俺はシャツを羽織り、ディタを口にして、ボタンをだらしなく留めた。もう一度ディタを口にして立ち上がり、タバコをくわえて火を点けた。
「ちょっと出てくる」
 陽子が眉を上げて答えた。
 エレベーターを下りて山手通りに出た。気が狂ったようにセミがあちこちでわめいていた。俺の足が交互に軽快に歩いているのが面白かった。街路樹に見つけたセミの抜け殻にタバコの火を押しつけた。沸騰したサナギから乳白色の汁が流れ出すのをイメージした。
 キャッシュディスペンサーにカードを飲み込ませ、三十万ほど引き出した。やはり赤い数字の書かれた紙が出てきた。やはり放っておいた。
 引き出した福沢の紙切れをスボンの両ポケットに分けて突っ込んだ。サーカスの団長じみた様相になった。
 向こうのビルの頭にデジタル時計が乗っていた。五時ちょっと前だった。日が落ちるのも早くなった……見上げると、金色の空には雲が多少あった。
 俺はまたタバコに火を点け、エレベーターを上った。部屋に着き、靴を脱いでベッドルームに入ると、陽子がグラスを片手に、膝で写真集を開いていた。
 俺はポケットから福沢を取り出し、化粧台の上に置いた。鏡には俺が映っていた。短い頭髪が寝癖で奇妙に歪んでいた。
「なにしてきたの?」陽子が見上げた。
 俺はその額に口づけ、ベッドに横たわり、グラスを手にした。陽子が軽く微笑んで、写真集に目を戻した。俺はディタを口にした。氷が解けて薄かった。


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