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完結した夏
 27(近)

 陽子がパーカーつきの白いウィンドブレーカーを羽織った。後ろ髪を残して頭頂部に束ねられた陽子の髪の向こうで玄関のドアが開いた。開かれたドアの隙間から『カルネ』の最後の場面のように、覆面レスラーの顔が現れて、俺の鼻先に近づいたり離れたりした。どうやら俺は相当に酔っているらしい。
 一昨日買ったカルバンクラインのサマーセーターの袖をたくし上げ、タバコを逆向きに吸い込んだ。非常に濃厚な煙が喉にしみた。陽子の人差し指がエレベーターのボタンを押した。
 俺は陽子の後ろ髪を横にどけ、青白いうなじに吸いついた。皮膚の薄さを楽しんだ。「なぁに?」陽子の首が向こうに傾いた。「口、貸してくれ」エレベーターに乗り込みながら、深く舌を差し込んだ。温かく、濡れていて、柔らかく、ざらついていて、胸に込み上げるものがあって、味はしない。やはり舌で感じる最高の感触は、人間の舌だ。
 俺は眼鏡が欲しかった。黒縁で、横長のやつ。何となく、今すぐ、俺はそれをかけるべきなんだ。マンションを出ると、陽子の冷えた手が、かすかに触れるだけのように俺の手を引いた。
 くそったれ!何て愛おしいんだ!
 この気持ちをどうしてやろう!この繋いでいる手を握り潰してやろうか!その束ねた髪を引き抜いてやろうか!それよりも、その頭に噛みついて、骨ごとかぶりついてやる!
 俺は陽子を夜道に押し倒した。「ちょっと」笑ってやがる……俺はまず陽子の唇に噛みついて、次に首筋を舐め回す。それから両手で服を引き裂き、挿入する。挿入しながら、今度は頸動脈を噛み切って、噴き出す血流を飲み干す。鉄臭い熱い液体を、俺はむせ込みながら、飲み干す。通りかかったサラリーマンが、自分も飲もうと邪魔をする。四十代の、髭の濃い、小太りな男だ。だが俺はそいつの股間を蹴り上げて、二度と近寄れないようにする。誰にも邪魔はさせない。誰にもこの血を渡さない。俺のものだ。俺のものだ!
 夜道に横たわる陽子がのしかかる俺の首に腕を廻し、優しく唇を重ねた。右手に走る山手通りを三台のセダンが速い速度で通過した。やはり俺は、相当に酔っているらしい。
 俺は陽子を立ち上がらせ、その身体に着いた砂を払った。陽子は優しさと妖艶さをごちゃ混ぜにしたような目で俺を見詰めた。「もう、いいの?」
「ああ……仕方がないんだ」
 陽子の後ろ髪が夜風にそよいだ。「いいんだよ……無理しなくても」
「いや……もう少し、こうしていたい」
「そう……」


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