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完結した夏
 実際それらは絡み合っていた。これほどの感動があるだろうか?例えば白壁に映し出された人間の五本の指の影が微妙に曲げられたり伸ばされたりする……その指先が描く微妙なカーブに見入ったりする……そして影を描く本体である指を眺める……光にかざせば赤く透き通る指だ……爪の輪郭を微妙に濃くして……人間よ、瞬間的な象徴段階を越え、うねりをあげる美に到達せよ!……美、だと?
 それは斜め後ろから見る陽子のあごのつけ根のカーブにも存在する。黒髪の一本一本が風にそよぐ様子もそうだ。タバコをポケットから取り出して、浴びせる炎の揺らめきですらそうだ。この世は美に富んでいると言わざるをえない。そして同時に、それだからこそ同時に、この世は醜さにも富んでいる。
 つまりはそういうことだ。全ては調和されている。喜びのないものには悲しみがない。喜びのあるものには悲しみがある。どちらがいいと言っているのではない。意味には無意味が必要なのだ。……意味?
 ブルームフィールドは言った……何にせよ見かけは重要ではない物事が、より重要な物事と密接な関係にあると分かった時、我々は前者が結局『意味』を持っていると言う……つまり欲、つまり生、つまり無意味……
 だが、俺たちは無意味を乗り越えた世代のはずだ。意味とは自ら積極的に仮定するもの……そう『仮定』だ……それが不安なら、神や社会規範と報じられているものにでもすがるがいい……誰に言っている?俺自身にか?
「ここでいい?」陽子がとあるビルの地下に続く階段を指差した。「ああ」
 陽子と指を絡ませ合い、薄暗い階段を下りて行く。酔っているとは言え、今日の俺の頭はしゃべり過ぎるようだ。フロイト的に言えば、抑圧による置き換えでも生じているのだろうか。
 抑圧?……抑圧されないものなど、存在するのか?


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