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完結した夏
 静寂で水が滴るように、ピアノの旋律が途切れ途切れに聞こえてくる。カウンターのボーイはいつまでも手の中の布でグラスを回し、向こうに座る体格のいい男は、さらに向こうの女の視線を浴びている。再びグラスを傾けると、カランと透き通った音を立て、氷がグラス内を転がった。酒とタバコと自慰……不意に、全てはその三つに集約されるという思いに囚われた。
 だとしたら……目の前に落ちている青い光の円……何なんだ……負のカオス、そうとしか言いようがない……新しいバーボンがその円の中に差し出される……グラスの中の琥珀色の水の中で、蜃気楼のように解けて行くアイスボール……女がしっとりと歩いて来る……割といい女だ……
「ご一緒しません?」「しない」
 去って行く女の背が美しい……だが、今は何もいらない……何もないことが必要だ……絶望感?いや……そんなことは問題じゃない……とにかく、もう寝るのがいい……今日は考え過ぎる……
 カウンターに金を置き、バーを出て、ロビーにある革張りのソファーの上を歩いて通過し、エレベーターで四階に上った。部屋までの通路には、毛足の長い絨毯が敷いてあり、腹這いで行くにはちょうどよかった。404のルームナンバーは存在せず、実質的に405がそれだった。406、つまり実質的に405の俺の部屋のドアが淡いクリーム色に照らされていて、立ち上がって金のドアノブを引くと、陽子がソファーに座っていた。
 陽子は俺を見るなり立ち上がり、駆けてきて、抱きついた。
 何のことだ?……あごの下にある陽子の頭から、潮の匂いがする。日だまりに干された布団が太陽の匂いを吸い取るように、陽子の髪も潮の匂いを吸い取ったのだ。陽子が両腕で俺の身体をきつく抱き締めた。
「ごめんね……私……気づかなかったの……みいちゃんが海嫌いなの、あたりまえなのに……それなのに……海辺のホテルに行きたいだなんて……一緒に海に行こうだなんて……無理やり……私……ごめんね……ごめんね……ごめんね……」


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