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完結した夏
 男は本当に予想した通りの言葉を口にした……それは俺が自分の言葉なのかと錯覚するほどだった……「陽子がいなくなってから、俺は」……知っていることを教えられている感覚……「だめなんだ」……脅迫にもならない脅迫が続き……陽子は……「出てってよ」……男のシャツを引っ張りながら、本当のところ、止める気がない……最後まで聞くつもりらしい……
 それなら「ちょっと」俺がやめさせるしかなかった。「あのさ……俺に話す風を装って、実際はようちゃんに話すのやめてくれるか?煩わしいんだよ。直接ようちゃんに話せばいいことだろ?それにあんたが死のうが生きようが、俺には何の意味もない」その気はなかったが、皮肉めいた言い方になった。
「おまえ……」髭だらけの男のあごが近づいた。「もう一遍言ってみろ!」俺の胸倉をつかんだ。陽子が男の背中から抱きつき、仲裁した。「いい加減にしてよ!」

 ……何で俺が、この二人の痴話喧嘩に巻き込まれなければならないんだ?

 どこかの応援団のような嗄れた叫び声を上げながら「ぶっ殺してやる!」男が後ろ向きで引き摺られて行った。陽子に引き摺られるくらいだ、本当は俺のことを殺すつもりはなかったんだろう。全く、演技好きな奴だ。
 ダン!玄関のドアが蹴られた。
 俺はタバコを深く吸い、枕もとにある一冊の躍動的な本を開いた。躍動……確かにその全てが美ではなく、美の全てが躍動でもなかったが、躍動の一部が美の一部であることは確かだった。本の表紙は赤かったが、その題名までは知らなかった。
「……ちょっと、ひどいんじゃない?」戻って来た陽子の責めるような目は、それが疑問文ではなく、肯定文だということを表していた。そこからさらに連鎖して……
 俺が男と言い争い、それによって陽子の地位を高め、そうしてから、俺が男を説き伏せ、陽子が男から恨まれることのないようにし、そうしてから、陽子が俺に独占されている感覚を得る、つまり陽子が俺を独占すること、を望んでいた。
 俺はベッドから立ち上がった。「どこ行くの?」キッチンに出て、トイレのドアを開けた。二畳ほどの洋式トイレだが、コバルトブルーのライトが好きだった。便器の蓋と便座を持ち上げ、勢いよく放尿した。溜まった水が一瞬にして細かく泡立ち、その白なのか青なのか判然としない泡を貫くように、下腹部に力を込めた。便器を挟んでいる俺の両足が生々しかった。


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