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完結した夏
 手摺には、大きなカマキリが腹部を膨らませたり縮めたりしながらじっと獲物を待っていた。「ようちゃん、カマキリ……」手を伸ばすと、カマキリは大きな羽を広げて異様に飛び去った。その時、声が近づいた。
「ふじしろーがおーとこーとぶっちゅっちゅー……」またあの三人組だった。「ふじしろーがおーとこーとぶっちゅっちゅー……」どうやらつけ回しているらしかった。
 ついに陽子が振り向いた。「ちょっと!」三人組の行く手を遮り、立ち塞がった。「あんたたち、こんなことして楽しいの!」
 三人は近くまで来て自転車を止めると、一番年長に見える少年が歩み出た。「なんだ?」陽子に迫り、顔を突き合わせた。「転校生のくせに、生意気だぞ」少年の顔が近づいた。
 その時……パーン!……陽子が少年の頬を張った。少年の野球帽が横にずれた。「なによ!転校したこともないくせに!」
 少年が頬を押さえた。「……ってえな!このブス!」三人は慌てて自転車にまたがると「デブ!」走り出し「チビ!」叫びながら坂を下って行った。
「みいちゃん!」陽子が俺に振り返った。「どうして約束やぶったの!?」陽子のかん高い掠れ声が空に響いた。「やぶってない……」「うそ!」陽子が俺の肩を両手で突いた。「うそ!」突いた。「うそ!」突いた。
 ドサッ!……俺は仰向けに転倒した。
「あ……」陽子が慌てて駆け寄った。「だいじょうぶ?」すぐ目の前に陽子の膝頭がしゃがみ込んだ。「だいじょうぶ?」陽子が心配そうに顔を覗き込んだ。「だいじょうぶ?」
「……僕」俺はゆっくり起き上がり「言ってないよ!」陽子の腹を目がけて突進した。その拍子、陽子は路面に後頭部を痛打して「いたい!」両手で頭を抱え込んだ。
 陽子の顔が一気に歪んだ。「いたい……」陽子の顔が一気に赤らみ、目尻からどっと涙がこぼれた。「いたいよ……」陽子の口が『うえーっ』という泣き声とともに、糸を引きながら真っ赤に開いた。
 俺は慌てて手を伸ばし、陽子の後頭部をさすった。「ごめんね」後頭部をさすった。「ごめんね」後頭部をさすった。「ごめんね」だが、陽子は泣きながら首を横に振り「ごめんね」俺の手を振り払って立ち上がると「ごめんね」走って坂を下って行った。「ごめんね……」
 空は……空は青かった。
 俺はその場に座り込んだ。真上にはギラギラと太陽が揺らめいていて、その横に、トンボが三匹浮いていた。トンボは羽ばたくたびに位置を変え、だが、いつまでもそこにいた。下からセミの声がして、時々、電車が通過した。目の前を車が疎らに通り過ぎ、その間、俺は日が暮れないのをずっと恨んでいた。


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