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完結した夏
 34(近)

 ドアを開いた。「文香、もう少し綺麗に食べられないのか?」床にはスーパーのトレーやラップ、野菜の芯や皮など、冷蔵庫の中のあらゆるものを食べ荒らした痕跡が生臭く散らかっていた。俺はそれらを足でどけ、冷蔵庫のドアを開いた。棚にはビールが二本残っているだけだった。
「文香……」俺はプルタブを上げた。「……何、してる」文香はベッドの上で、必死に身体を隠すようにシーツを胸に当て、怯え切った目で俺から後退さっていた。
「……何を、してんだ?」俺はビールを飲みながらベッドに近づいた。文香はじっと俺を見詰めながら、手足をもつれさせて後退さった。俺はビールを床に投げ、大股で文香に詰め寄った。「何をしてんだ!」逃げる文香の手首をつかんだ。
 いやあああああああ!……文香が白目を剥き、狂人のように叫んだ。
「何だ、これ……」なおも逃げようとする文香の細い腕に、青紫色のアザがくっきりとついていた。二センチ幅の四本のアザが、まるで人間の指のように文香の腕に巻きつき……いや……それは確かに人間の指だった。
 文香は俺に腕をつかまれたまま鬼気迫る形相でベッドを後退さり、そのまま床にドサリと落ち、背を向けて這いつくばり、なおも俺から逃げようとした。腕が抜けそうなほど肩は陥没し、長い髪が激しく騒ぎ、美しい背筋が曲がりくねり、腰の曲線が左右にねじれた。
「文香!」俺は力一杯文香の腕を引き寄せた。いやああああ!白目を剥き、鼻から口から熱い液体を垂れ流している文香を、拘束衣のようにきつく抱き締めた。「文香!」いやああ!「文香!」いやぁぁ……
 腕の中で抗っていた文香の動きが、徐々に、徐々に、沈静した。
「文香……」俺は文香の頭に口づけた。腕の中で文香はしきりに首をひきつらせていた。「文香……」俺は温めるように文香を抱き締め、口づけた。文香は足首にも同様のアザをつけていた。
 何が、あった?
 こんなにくっきりアザが残っているということは……文香の握力を考えれば、自分で握ってつけたとは考えにくい……ということは、俺と文香以外の第三者がつけたことになる……しかも力の強い……恐らく大人の男だ……
 ゴミの散乱した床をよく見ると、かすかに靴跡のような汚れがあちこちにあった。それは記憶の範囲では俺の靴跡ではなかった。本棚やクローゼットの散乱した様子も、見方によっては争った形跡に見えなくもなかった。
 そうすると……やはり誰かがこの部屋に侵入し……両手両足首にアザがついているということは……『大』の字に張りつけられるような格好で手足を広げられ……つまり……犯された?
 俺は抱く腕を緩め、中の文香を覗いた。文香の両脚は人形のように不自然に『く』の字に折れ曲がり、背中は老婆のように丸まり、両腕は力なく垂れ、目も口も完全に放心し、半ば開いていた。俺はもう一度強く文香を抱き締め、頬を頭に押しつけた。


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