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完結した夏
 母は布団にうつ伏せになり、枕もとにあるタバコに手を伸ばし、ライターの火を点けた。母の顔がライターの小さな炎に明るく照らされ、くわえたタバコの先端がオレンジ色に輝いた。ライターの炎が消えると同時に母の顔も闇に消え、タバコのオレンジだけが宙に残った。立ち上るタバコの煙が月光を浴び、青白く揺れながら天井に上って行った。
「パパ、どんなお土産を買ってきてくれるかしら……」母の輪郭が手を伸ばし、タバコを灰皿で軽く叩くと、曇ったオレンジ光が明るく剥き出した。「水面には……水面は悪い子だから、何も買ってきてもらえないわ……でも、ママには……ママにはきっと、ブラックパールのネックレスを買ってくるわ……だって、ずっとパパに、欲しい欲しいって言ってたんだもの……」母の頭が伸ばした腕にうつ伏せた。「楽しみね……」母の背中が月光を浴びて艶やかだった。
「ママ……」
 ピーンポーン!
 不意に、階下でチャイムが鳴り響いた。ダンダンダンダン!「高沢さぁん!」ガラの悪い声……奴ら、だった。
 ダンダンダンダン!「高沢さぁん!」ダンダンダンダン!「おぉい!高沢ぁ!」ダンダンダンダン!「出てこい!」ピンポンピンポンピンポン!「いるんだろこらぁ!」ダンダンダンダン!「高沢ぁ!」ピンポンピンポンピンポン!「出てこいやぁ!」ダンダンダン、ダーン!
「……ぃいやあぁぁぁ!」母が狂気の叫びを上げた。
 ダンダンダンダン!母の輪郭が両手で頭を抱えた。「やめてえぇぇ!」髪を振り乱しながら転がり、身悶え……
「やめてじゃ」ダーン!「ねえんだ」ダーン!「よ!」ダーン!
 ……膝をたたんでうずくまった。
「やあぁぁぁぁぁ……」
 母の背中が小さくうずくまり、奴らの罵声が夜道に響き、青白い月光を浴びた母の手が頭を抱えながらガクガク震えた。


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