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完結した夏
 39(遠)

「パン、パラララ……ドン!……ドン!」スズメの飛び交う早朝に、音だけの打ち上げ花火が上げられた。「パン、パラララ……ドン!……ドン!」隣で背中を向けて眠っている母のほどけた黒髪が枕に沿って流れていた。
「パン、パラララ……ドン!……ドン!」

 日が昇り、俺は二階の窓にいた。空はやたらに青く、ムシムシと熱い風が流れていた。家の前の通りには豆絞りを頭に巻いた青いはっぴの子供たちが「わっしょい、ピーピー、わっしょい、ピーピー」車輪付きの御輿に繋がれた紅白の綱を輪になって引いていた。
「わっしょい、ピーピー、わっしょい、ピーピー」
 先頭では、二人の少年が大きなうちわを扇ぎ、後方では、笛をくわえた四人の大人が御輿の舵を取っていた。
「わっしょい、ピーピー、わっしょい、ピーピー……」
 集団はのろのろと賑やかに通り過ぎ、門前で歓声を上げていた婦人たちは互いに会釈して家に戻った。ジーというセミの音が砂漠の陽炎のようにうっそうと揺らめき、青空では太陽が閃光を放っていた。
 俺は寝室に戻った。母はやはり背を向けて、胎児のような格好で、布団で横になっていた。スリップ姿の母の身体は全身軽く汗ばんでいて、部屋の奥にある開け放された窓からは、気休め程度の風が吹き込んでいた。
「ママ……」歩み寄って覗き込むと、母の両目は開いていた。母の両目は開かれたまま、どこを見るでもなく、窓と畳の中間位置に注がれていた。「ママ……」俺が腕を揺すっても、その視線は動かなかった。
 しばらくして、俺は再び窓にいた。今度は白足袋に藍色のはっぴを着た大人の男たちが「わっしょい、わっしょい」御輿を肩にやって来た。
「わっしょい、わっしょい」
 御輿は男たちの肩上で前後左右に上下して、屋根についた金の飾りが跳ね上がったり裏返ったりした。男たちの低くて勇ましい声が辺りに響き、門前では、やはり婦人たちが歓声を上げていた。
「わっしょい、わっしょい……」
 御輿はすぐに見えなくなった。野球帽の少年たちが歓声を上げて後を追い、婦人たちは家に消え、そして道には誰もいなくなった。見上げると、軒先にあった太陽が軒の裏に隠れていた。振り向くと、暗くひんやりとした廊下の床に、背中の窓からの白光が淡く長く伸びていた。
 そして俺はまた寝室に戻った。「ママ……」歩み寄り、背を向けて横たわる母の顔を覗き込むと、二つのまぶたが閉じていた。見上げると、開け放した窓に隣家の瓦屋根が見え、その上には青空しかなかった。部屋の中に目を戻すと、目がくらんだように全てはグレーがかって見え、母の身体もその内の一つだった。


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