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完結した夏
 見上げると、月にかかった雲がぼんやりと白く光っていた。辺りではスズムシやコオロギの声が濃密な星空のように瞬き、それとはまた違った速度でヒキガエルの声も低く瞬いていた。小さなため池の表面上では羽虫が丸く群れを成し、とうに枯れた柿の木が、空に鋭く剥き出していた。
「何しに来た」背後で男の声がした。
 振り向くと、母が向こうの玄関先で両手のバッグを地面に下ろしていた。その向かい、叔父が毅然と立っていた。
 玄関の明かりは夜の中で煌々とし、地面を四角く照らしている。地面の四角い明かりには叔父と母の影があり、母の影は手を動かしてバッグの中を探っている。
「何してる」母がバッグから何かを取り出した。「何だ」母の姿が立ち上がり、叔父の方に真っ直ぐ向いた。「何なんだ」「いいから見て」叔父の姿がそれを受け取ったように見えた。「借用……」叔父の頭がそれに傾き、その手前、母の後ろ姿が静淑に立っていた。
「どういうことだ?」叔父が母に顔を上げた。「どうしてここに、俺の名前がある?」叔父がそれを母に突き示した。「ん?答えろ……答えろ!どうして俺の名前がある!」
 母がうつむき、低く答えた。「ごめんなさい……」
「お前!」叔父の手が振り上がった……パン!……母の頬を張った。母の姿が地面に崩れた。「お前はどこまで!」叔父が崩れた母を足蹴にした。「俺を!」足蹴にした。「苦しめれば!」足蹴にした。母が地面に深く倒れ伏した。「気が!」倒れた母を足蹴にした。「済むん!」足蹴にした。「だ!」足蹴にした。
「ああ!おい!」叔父は身を乗り出して、倒れた母を見下ろした。
 母が地面から顔を上げ、頭上の叔父を真っ直ぐ見上げた。「……お願い……助けてよ……他に頼るあてがないの……お願い……お願いだから……」
「……助けて、だぁ?」叔父の足が上がった。「ふざけるのもいい加減に」上がった足が母を蹴り下ろした。「しろ!」母は完全に地面に伏した。
「……お願い……お願いよ……助けて……助けてよ……」
 叔父が母を見据えながら「帰れ!」地面のバッグに手をかけた。「二度とこの家に近づくな!」叔父がバッグを持ち上げて、母がその手をつかまえた。「お願い……お願いだから!」「うるさい!」叔父は母の手をその身体ごと振り払い、バッグを道に投げ出した。
 バッグは上昇しながら光の領域を越え、月光の中を降下した。
「このゴキブリめ!」叔父は玄関の内に入り、その引き戸を荒々しく閉めた。母は四角い光の中で地面に深く伏していた。引き戸のガラスの向こうでは叔父の姿が奥に消え、その直後、母を照らす四角い明かりがパッと消えてなくなった。


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