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完結した夏
 母が振り返った。「水面……」母の顔がしゃがみ込んだ。「ママのことが、嫌いなの?」「嫌いじゃない!」「じゃあ、一緒に行くのよ……」母の足が立ち上がり、再び海に歩きだした。俺は再び踏んばった。「いーやーだー!」踏んばった足のスニーカーに、冷たい水が被さった。
 母の姿が振り向いた。「もう!どっちなの!」母の顔がしゃがみ込み、両手で俺の肩をつかんだ。「あんた、一人ぼっちになってもいいの!?それでもいいの!?」母の手が俺の肩を揺すった。「ええ!?どうなの!?」「いーやーだー!」「じゃあ一緒に行くの!」母の足が立ち上がった。「やーめーてー!」ぐいぐいと引っ張る母の手に、俺は足を踏んばった。「やーめーてー!」スニーカーは砂を掘り、母の爪先も掘っていた。黒い波が打ち寄せて、くるぶしの周りを引いて行った。
「もう!いい加減にしな!」母が振り向いた。俺は砂に尻をついた。母がしゃがみ込んでスカーフを解き「あんたの勝手にすればいい!」一人でどんどん歩いて行った。
 俺は母を追いかけた。「ママ!だーめー!」波の中を跳びながら走り、母の腕を両手でつかんだ。「マーマ!」月光を浴びる母の手を陸の方に引っ張った。「放しな!」夜空に母の顔が振り向いた。「いーやーだー!」「放すんだよ!」母が力強く俺の手を振りほどいた。「マーマー!」俺はもう一度走って手をつかんだ。
「水面!」母が物凄い形相で振り向いた。
 そして腕を引き抜いた。
 俺は波の中に座り込んだ。「マーマー!」母の姿が波を掻き分けて歩いて行った。「マーマー!」水平線にはタンカーの光があり、母の姿は沈んで行った。「マーマー!」俺は底から砂をつかみ、母に向かって投げつけた。母は肩まで沈んでいた。「マーマー!」月の欠片は波に揺らめき、潮騒は夜空に響き渡った。「マーマー……」小さくなった母の頭が徐々に徐々に空に傾き、そして、ついに、沈んで、消えた。
「……マぁあマぁああああ!」


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