LOGOS for web

イエロウ
2009Dorothy

 うなじの皮膚が粟立つ。首の後ろに冷たい棒を差し込まれた様な衝撃。
 どうしても目が離せないそれ等は小さな吸盤の様で、ゆっくりとなめらかに蠕動している。
 何なんだこれは!
 半分起き上がっていた様な中途半端な体勢から跳ね上がり、汗で滑る手に力を込めて傷口に指を突っ込んだ。
 指の神経にぬめぬめした感覚がはっきり感じられるのに、腹の傷口にはやんわりとした触覚しか感じられない。神経の興奮で痛みを感じない訳じゃない。兎に角不快で、気持ちが悪い。
 傷口の中で指をまさぐると、突起物の並んだ表面に触れてしまい、敏感になっている指の腹から湿った凸凹が伝わった。一気に寒気が肩を覆う。
 糞! 糞! 何なんだこれは!!
 僕は傷口を庇う事も忘れ、必死に異物を除こうと指を掻き回した。微かな痛みを感じるがそんな事はどうでも良い。
 指が弾力のあるものを掴みかけては滑り、何度目かにしっかり掴む事が出来た。僕は躊躇わずそのまま指を引き抜く。
 ずるり、
 と細長いものが僕の体液にぬらぬら濡れて腹から生えている。
 (これは、そんな、でも)
 筒状のそれは先端が細く、吸盤が並ぶ面が三分の一程を占めていて、その吸盤は先端に行く程細かく均等になっていた。

 僕は麻痺しかけた頭で必死にあるイメージを否定しようとした。それは海洋生物の一種の軟体動物の特徴的な沢山の足を連想させた。
 思考は否定だけに走り続ける間、僕の手はその『足』を握り締め、引き抜こうと力を入れる。もう僕の意思とは関係無く、血管の浮いた手は震えながら引き続ける。

 傷の内側からぷちぷちと気泡の弾ける様な小さな音が聞こえる。表皮に向かって裂ける感覚。それでも右手は痙攣したまま止めない。
 (もうよしてくれ)
 (もうやめよう)
 (やめろ!)
 (やめるな!)
 (はやくしろ!)
 沢山の誰かが僕の耳元で怒鳴っている。
 そして、スローモーションの様に目の前に飛沫が舞った。

 音も無く、
 半透明の塊が、裂けた腹から自分の手によって抜き出される。
 モノクロームの視界。
 液体の湧き出した僕のお腹。
 腕に絡みつこうとする無数の足を、
 振り払う。
 汚い物に触ってしまった時の様に
 弾力のある塊を投げ捨てると、
 びちゃっ
 と嫌な音がした。
 そして動きが失われ、
 視界に色彩が戻った。

 血やら何やらでぐちゃぐちゃになったシーツの上には小振りのレモンイエローの蛸がぐったりとうねっていた。腹の穴から変なごぽごぽ云う音が鳴る度、シーツの上の液だまりが拡がってゆく。
 僕は何だかほっとして、赤黒い液だまりの中でのたうつ生物の、その少し透けたレモンイエローがとても綺麗だと思った。


BBSに感想を書く
back