『陽葬』
魚の夢
移動による対流、カルキの風。
それに伴い水面の光がゆらゆら揺れている。
歪曲する外界。
夢も現実も本能の前には同じ事。
それにしてもこのカルキの匂いがひどい。
ガラス玉達も沈黙する。
鼻先がガラスの壁に当たった。
向こう側から魚がじっとこちらを見ている。
背骨が曲がった魚がじっとこちらを見ている。
「狭い場所で育ったから、体が大きくなれずに骨が曲がっちまったよ」
そうか、痛くないのか?
「それは判らない。君は痛いのか?」
こいつは何を云ってるんだ。
「俺達は生かされているに過ぎないんだよ」
魚のくせに生意気な奴だ。
大きな手が眼前に迫る。
それを見ているだけ。
真夜中の死
片手でヨウの上半身を支えながら、彼の真っ白な頬を触ってみた。疲労を感じる弾力の無い肌。そして血の巡りの止まったひんやりと冷たい肌。
彼の人格も機能も、既に失われてしまった。ヨウが失われてしまったのだ。
もう一度彼の両脇に手を入れ持ち上げると、そのままカウンタから引きずり出した。肘に何かが当たり、床で何かが割れる音がした。
店のひとつしかないドアまで引きずって行き、その重たいドアを何とか足で開けると、フロアは真っ暗で、光を無くしたさまざまな看板が空しく浮かび上がっていた。
中央の吹き抜けから一階の床が見える。タイル張りの床の幾何学模様は笑っているようだった。上階を見上げると、どのフロアも真っ暗で、このビル全体が真夜中に取り残されているようだった。
階段
階段を上る。ヨウだったものを引きずって、後ろ向きに一段ずつ上っていく。一段上がる度、彼の首がかくんと揺れた。
華奢に見えるヨウの身体はすぐに重くなった。腕は痺れて、やがて痛くなった。
血の通う僕の腕。
階段の角に擦れ、停滞した血が僅かに滲むヨウの手。
喉を鳴らし酸素を求める僕の肺。
もう拡がらないヨウの肺。
踊り場を曲がりきった時、ヨウのスーツのポケットから携帯電話が滑り落ちた。拾うついでに、床に座り込む。
ヨウの顔を覗き込むと、香水とは違う微かな甘い匂いがした。甘いような饐えたような、不思議な匂いがした。
死臭だ。
こみ上げる吐き気を踊り場の隅に吐き出す。殆ど水しか出てこなかった。おそらく酒と胃液だろう。
涙が出た。暫く止まらなかった。
少し落ち着いたところで、再びヨウを抱えて階段を上る。
汗がヨウの頬に落ち、涙のように見えなくもなかった。ヨウが泣いていると思う自分が滑稽に思えて、ちょっと笑えた。
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