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愛を売る女
「首をしめたり、かみついたり、つき飛ばしたりした。その人が私じゃないことに腹が立ったから」
 客はどんなことを望む?
「ちょっと高級なコールガール感覚が多い。でも高い客ほどセックスを求めないわね……そう、このあいだおかしな客がいたわ。テーブルに20万投げ出して、俺を愛してるなら背中を押してくれ、って窓枠にのぼったの。風のない夜だったわ、少しもカーテンが揺れてなかった。……でも私は20万の愛じゃそんなこと受け入れられないから、すぐに断った」
 一千万なら?
「少し考えてから、断ったと思う」
 騙してる感覚は?
「しつこいわね。私は騙してなんかない、愛してるわよ」
 子供ができたらおろす?
「産むわ。愛した人との子供だから」
 父親と暮らす?
「暮らさない。父親じゃなくて、客よ?」
 矛盾していない?
「してないわ。だって子供ができるのは愛しあってるときだけど、産むのは他人に戻ってるときでしょう?」
 父親が子供に会いたいと言ったら?
「会わせる必要なんて、ある?他人同士なのよ?でも客としてそういう愛の形を求められたら考えるわ。それでもし会わせるとしても、時間が過ぎたらただの他人に戻るけどね」
 子供は可哀相じゃない?
「子供はいつだって不幸な存在よ」
 他人事のように言うけれど、不幸にするのは君だろう?
「そうよ。大人が、親が、子供を不幸にするの。永遠の真理だわ」
 幸せにしてあげようとは思わない?
「おろせと言うの?」
 ジーンが笑った。それ以上の問いは不要だった。
「じゃあ、実際に愛してみてくれ」

 嘘ではなかった。まさに愛し合っている、そういう感じだった。すまない、形容のしようがない。

 数カ月後、私は同じホテルの同じ部屋で、ベルが鳴るのを待ちながら、あの時書いた記事を読み返していた。
 もし私があの時本当に愛を感じていたなら、私は愛を買ったことになる。いや、現に私は愛を感じていたのだから、彼女は本当に愛を売ったのだ。
 あれを愛でないと言うのなら、私は愛というものを少しも知らない。いや、愛のアマチュアである私には愛について語る資格などないかもしれない。ただ言えるのは、例えばプロの画家がこの世に一枚しかない自分自身の作品を売るように、彼女もまた愛を売ったということである。そしてそれを裏付けるように、あの凄惨な事件は起こったということ……
 私の部屋のベルが鳴った。私はベッドから起きあがり、今日もまた満たされないドアを開く。


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