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冷やされる少女
 2

 うるさいわねえ、とアンナが表情で言った。冷蔵庫からすすり泣きが聞こえている。むしむししたこの陽気で、アンナは半身裸になって部屋をうろついている。ルネッサンス期の彫像のように。僕はイスに座っている。床で人形の首が不自然に曲がって窓を見ている。

 少女がこの部屋にやってきたのはある寒い冬の朝だった。乾ききった空を背景に、少女はドアの前でうつむいていた。いつからそうしていたのだろう、ノックもせずに立っていたのをアンナが手をひいて、まるで障害物を横に退けるように部屋にひき入れたのだった。そのままアンナは買物に出かけた。
 少女はうつむいたまま、なにも語らなかった。僕と二人きりになったこの部屋で、表情にも、しぐさにも、どんな表現手段にも彼女の言葉は見つからなかった。ただじっと胸の前にむすんだ手の親指が、相互にもつれながら回転するだけだった。……時間が流れた。いや、時間の流れが意識された。窓から差し込む非常に傾いた朝日が少女の膝から下を照らしていた。少女は色あせたタータンチェックのスカートを履いていた。上は目の荒い鎖模様を編み込んだ、白い、いや薄汚れているセーターだった。そして裸足だった。少女の足の指は赤く腫れあがり、ところどころ破れていた。また指も、それから鼻すじも耳も、見るからに凍傷を患っていた。僕は一瞬少女に話しかけようとした……まるで砂漠に群れを成して落ちている水のぱんぱんにつまった皮袋だ……
 アンナが帰ってきた。アンナはゴロゴロつまった麻布の買物袋から、赤いフェルト靴と薬を少女の前にほうりだした。少女はすぐさまそれにしゃがみこむと、足に手に耳にそれを塗り込んだ。まるで飢えた猿が両手をもつれさせながら牙を剥出しにして獲物を口に押し込むように。アンナはその向こうを歩いていった。少女はしゃがみこんだまま、何度も薬をしぼりだしては患部に塗り込んでいた。

 アンナが冷蔵庫を揺らした。その瞬間、すすり泣きが喉につまる音がして、やんだ。それからアンナは手で顔を扇ぎながらバスルームへと消えていった。床ではやはり人形がうつぶせのまま首だけ回して外を見ていた。それは反射した日を浴びて濃淡を鋭利にし、まるで……まるでなまなましい事故現場だった。日はまだ高かった。僕は僕の胸からへそへ一筋の汗が流れるのを感じた。


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