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冷やされる少女
 11

 ほんの練習のつもりだったんだ、本当にそうだろうか?僕は今まで『練習の歩行』というものをしたことがあっただろうか?いやそもそも始めから、そんなものがあるだろうか?この練習こそ、実は本番なのではないか?僕は今まであのイスに座る存在に手を引かれて歩いてきたことがいまさらながらに分かる。僕が座り込んでいたのはその証拠だ。そして今、冷蔵庫に向かって日々歩き続ける。
 冷蔵庫からは少女の息づかいが聞こえている。
 アンナはぶざまな僕を見ても、二人の時は、あたたかく見守っている。いや、見守っているというよりも『信じている』。そしてそれを信じられるからこそ、他人の前では『この僕を見ない』、いや、『この僕を見ない』ことによって信じることが出来ている。そしてアンナが『ここ』にいるのはまさに『そのため』だ。つまりこの僕を『信じるため』だ。『信じるため』にここにいるのであって、『信じているから』ここにいるのではない。
 では僕は『信じられているから』歩こうとしているのだろうか?『歩こうとしているから』信じられるのではなく……つまり僕は、正直に言えば(無意識的に隠しているところからそう判断できるのだが)、『歩ける』ことによって『信じられ』たいという感情を持っているのだ。いや、そうだろうか?僕自身、信じられているかどうかはこの際どうでもいいことだ。僕はあの少女によって冷蔵庫に歩かされているのであって、言い換えれば、あのイスに誰かを座らせるために歩かされているのであって、それ以外のなにものでもない。ただ、この僕を支えているのはまさしくアンナだ。そしてあの少女をここに引き入れたのも、アンナだ。
 この部屋はアンナによって構成され、アンナによって引き裂かれる。



 12

 ドアを開けた瞬間、少女はギョッと身をすくめた。おびえ切った目で僕を見つめ、丸めた身体を後退りさせ、奥行きのない冷蔵庫の、さらに奥へ逃げるように。
 僕は床から冷蔵庫のなかへ手を差し伸べた。


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