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プジョーでペリエで
 ……だから僕は一人で生きて行けるようにならなければならなかった。いくら僕を捨てないように母と約束しても、いくら母に好かれるように努力しても、不安がなくなることはなかったから。
 だから僕は、人を始めから信じないことにした。人を好きにならないことにした。そうすれば、裏切られるかもしれないという不安がなくなるから。
 だから僕は、自分から離れて行くことのないものを愛することにした。
 だから僕は、自分の中身を愛することにした。
 でも、自分の中身は見えないから、文字を書いた。文字を書いて、自分が見えた。自分が見えて、それを愛した。
 愛するものが綺麗になるように、愛するものがもっと綺麗になるように、愛するものが最高に綺麗になるように……

 違う!本当は、みんなに愛してもらいたいんだ!

 最高の小説を書いて、みんなに褒められたいんだ!

 だから一番にならなくちゃいけない、そうすればもう捨てられない、そうすればもう不安にならなくていい、そうすればもう怖がらなくてもいい……
 リコはプジョーを道に停め、パンとペリエを買ってきた。太陽はやや傾いていて、雲は空ごと流れている。リコの指がキーを回し、僕はその手を握りしめる。
「どうしたの?またあれの量を間違えたの?」リコが僕の頭を膝に寝かせた。「待ってて、今、家に連れてってあげるから」リコの身体にエンジンが高鳴る。
 リコの足がアクセルを開ける。僕の上でステアが回る。リコの胸の膨らみが僕の顔の上にある。
「大丈夫?」
 リコの目が胸の谷間から僕を伺う。大丈夫だよ、ただ、疲れてるだけだから。リコの腕に囲まれた空がゆっくりと後ろに流れて行く。この暗さだ、きっと、地平線は赤らんでいる。僕はゆっくり目を閉じて、リコの柔らかさと温かさを感じるように努めた。
 すると、リコの心音が耳に聞こえた。リコの腿を流れる血流が、ジューッ、ジューッと耳殻を押した。リコは生きている。そして僕も生きている。この期待感……この絶望感……それらは交互にやってきて、僕をかき乱し、見えなくなる。
 そして僕は目を開く。
 リコの肘が折れ曲がり、ステアが右に回転する。リコの膝が浮き沈み、エンジン音が高低する。リコの鼻唄、ラジオの音楽、追い越されて行くエンジン音。やがてプジョーは速度を落とし、後ろに向かって入庫した。
「ユウジ、着いたよ?」
 リコの声が目にしみて、車庫の中、僕はわけもなく泣いていた。


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