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金魚
 3

 こんな小さなガラスの球体が地球だったら、どんなにいいだろう。私は、草の香りのする青い風、熱くて乾いた強い風、頬を突き刺すアイスピックみたいにとがった風、潮の匂いがする柔らかい風をいっぺんに感じる事ができたら、どれだけ幸せだろうと思う。この透明な世界で全てを一度でも感じられたら、私もミカもガラスの球体を突き破るに違いない。風を感じるまでは、絶対に、白い煙が風に変わるまでは絶対に、この球体を壊すわけにはいかない。そう、心に誓っている。けれど、明け方に重くなった瞼がゆっくり閉じられてゆく時、「白い煙とガラスの球体を消さない限り、風は手には入らないんだよ」声がどこからか届いて恐くてベッドから飛び起き、バルームの鏡に映る自分に(大丈夫よ、いつか必ず風に変わるから、信じて……)呪文のように繰り返し話しかける日が、日毎に増えている。封印したはずの扉から洩れてくる声なんて信用しちゃいけない。
 私は思い出したくない事全部、一年前の自分の誕生日に『封印』した。深く、深く、奥深くに嫌なモノを詰め込み、全エネルギーを集中しさせて、重い扉を閉じ、プラチナでできた鍵鍵穴に差し込んで、ガチャリという音を確認してから、鍵を闇の中に放り投げて、私は振り返らずにひたすら、走って走って、泣きながら走って、走り続けて苦しくて倒れ込みそうになった時、目覚めた。
 4/25 AM03:00
 つけっぱなしのテレビモニターの表示を見て誕生日だったことに気がついて、私は生まれ変わったんだから、お祝いをしなくてはいけないと思い、ミカに電話を入れ、「ガラスの球体に入ろうよ」そう告げた。
 すぐにブザーが鳴り、ミカが入って来た。珍しく、顔色がいい。「マユー!プレゼントだよー!!」コンビニのビニール袋からマユが取り出したのは、たくさんのガラスの破片だった。薄くブルーがかったかけら、厚く牛乳瓶の底のようなかけら、どれも、これもキラキラ輝いている。一緒に眺めているうちに、私達はまた、ガラスの球体の中にいた。
「ダイアより絶対綺麗だよ。ありがとう、ミカ」いつ振りだろう、嬉しいなんて感情……「お誕生日、おめでとうー!マユ!」涙でぼやける視界でも、ミカの右手から赤い血流れているのがはっきりわかった。私の為に、流した血。
「今度一緒にダイアモンドを見に行こう!」ミカは大きくうなずいて、「見に行こう、ダイアより、このカケラの方がきれいだって証明しようね!」ぐるぐる回り出した白い煙の中私達は誓い合った。


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