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宛てのない手紙
2006木戸隆行

 忙しい時間に来て本当、ごめんなさい。火曜とかにしとけば良かったよね。すまないのはこちらの方なのに、気を遣わせてしまってごめんなさい。何時になったら落ち着くかな……彼の、彼女のどこに惹かれ、嫌い、和解するのか。あるいはわだかまりを抱えたまま細分化した自分自身をいつ統合できるのか。自分の中にグラウンド一杯分の自分がいて、次々に話し始めるからタチが悪い。待っているという行為それ自体は宛てのない手紙そのものだし、Good Music、Good People、そしてAlcohol……なのかもしれないと言ったら笑われるだろうか?セクシーな唇が笑う。セクシーな皺だ。ミュールからはみ出したかかとだ。「ねぇ……」と聞こえる紛れもない空耳が、夜は愛の時間だと囁きたくなる口を誘う。愛の言葉で埋め尽くされた店内。その間を切り裂いて、燃えたぎる感情という入れ物である僕が、人生を取り戻そうとするかのように駆けて行く。生まれてから培ってきたものを30秒で放電しながら秒速100万光年で飛び出した僕は、だからといって何もしないのだが、もやもやしたまま全く無関係のことを鮮やかに解決してみたり、何も築かぬまま、いつの間にか革命を起こされる立場に立たされていたり、やむなく発射されたスペースシャトルみたいに、白い電車に乗っかって、一人の男とすれ違う。
 彼は何を言いたかったのだろう?──すれ違う電車の窓に手をつきながら、開きかけた口を動かさなかった。
 彼は何を言いたかったのだろう?──トレンチコートの襟を立て、首だけかすかに振り向いた。
 僕は誰の話を聞けただろう?僕は誰に話ができただろう?

 百年前に封切られた演目が僕の夢とともに幕を下ろす。
 目覚めの枕元には2人の救世主が立っている。
 僕は彼らに対抗してじっと黙っている。


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