LOGOS for web

白い布
 今頃、誰がどう幸せに生きているだろう。また、どこで誰が笑っているだろう。いや笑わなくていい。僕のこの一瞬と同じように、差し出された二度とない一瞬を出し惜しみせずに過ごせる人々がいつか一瞬を分かち合えるような、そんな夢に満ちあふれた世界が束の間でもやって来て僕を驚かせてくれることを願うし、また、闇雲にあがき回って疲れ果てて寝てしまうのもいい。いつか少女が大人になって、見覚えのないこの知人に呼び止められ、手足をもぎ取られた記憶を懐かしく共有したり、またそうでなくとも、例えば無数に存在する同じ校庭を過ごした赤の他人のように、灰色の顔をした誰かとこの場所を共有するような、あるとも言えない共犯に結ばれて、数々の過去がそうであるように、完全に看過された自分自身を、さも大事そうにしまっておくのもいい。もしそれが希望なら、いつでも闇は夜を超えて静まり、慈しみの歌声の中で人々の胸は踊りだすのだ。


 いつのまにか僕は眠ってしまっていた。少女が僕の頬をつついて「おじさん、あたしもうかえらなくちゃ」と起こしてくれた。
「んん、ありがとう」
 目を開けると少女の横に、ターバンを頭に、一目でそれと分かる白いワンピースを着た妊婦が立っていた。腕には何か分からない白い布きれのいっぱいに詰められた紙袋を抱えていた。
「君のママ?」そう聞くと、少女はうなずいた。
 妊婦は少女の手を取ると、僕に微笑んだ。ああ、そうか。あれはいつか見る兄弟の、恐らくは少女の弟のために使われるのだ。
「またあそぼうね」少女が言った。
「うん」と僕は答えた。
 振り向きざま、駆けて来た少年が妊婦を掠めた。瞬間、妊婦の手にした紙袋が宙に舞った。僕たちは小さく「あっ」と言った。道いっぱいに投げ出された白い布は、まるで海に住むカレイが一斉に腹を上にして浮いているみたいだった。


BBSに感想を書く
著者へメール
寄付
back