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 僕は少女を肩に抱えると、男のほうへ歩き出した。男はそれに気付くと大きく手を振った。僕は手を振り返した。男はとても嬉しそうに笑った。たくましい髭が剃り終えてもなお頬を黒く見せている。男の黒い皮のジャケットが人込みの間からチラチラと見える。いつしか少女は男に手を伸ばしながら泣き出していた。僕のことが怖くなったのか、それとも自分が彼と離れていることにようやく気が付いたのか、とにかく彼女はまぶたを真っ赤に腫らせて涙をぼろぼろとこぼしていた。僕は足を速めた。そしてその直後──

 僕の中に埋め込まれたすべての痛手が美しさに変わる──こんな清々しいことがかつてあっただろうか?朝日に光輝くもやの中で結ばれる手と手──大きな温かい手と、小さな不安の手。互いに求め合い、しっかりと結ばれたその手はやがて、それぞれの体を取り巻き、さめやらぬ興奮の中でひときわ憎しみの原因としての愛と、それから生、僕というすべての営みを内包する巨大で曖昧な確固たる存在の、神とも言われたその存在の、小さな無数の一粒一粒を一手に担い、そしてまためくるめく憧憬の暗がりの中を力強く突き進む一本の列車として、あるいは巨大な吊り橋として、僕の頬をあからさまに撫でる情熱を帯びた風のように、空へ空へと昇って行った。


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