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KEEP OUT

2005年 木戸隆行
 僕が制すると、彼女は立てた外套の襟に頬をうずめながらじっと僕を見つめた。──僕はこの言葉の中で生きて行けるが、君は耐えられないかもしれない。なぜなら、君は聞く人だから。それに、見られる人だから。入りびたりの一室に忘れられた紙ナプキンの、君によく似た見知らぬ誰かのそこに書かれた連絡先を、探さずにはいられないから。
 分かってくれないか。それは実際に、しおれていく花びら一枚一枚の間を指で探っていくような手つきで、僕たちをいつの間にかすっかり取り囲んでしまっている。
 傍若無人な無自覚を前にして、何ができる?僕たちにできるのは、見ることだけだ。聞くことすらできない。見ることそれ自体は、血の労働によって築かれた礎の成れの果てだし、突然噴き出した被害妄想のあてずっぽうな解決策なのだ。闇雲に打ち込まれた杭に無造作に張り巡らされたKEEP OUTのビニールテープが守る境界の内側の、中から見た外側に僕たちはいる。
 いつだったか、君の抱えた両ひざのほのかな赤みが僕は大好きだったし、それを顕微鏡で覗くと、うごめく赤血球が引っかかったゼリーみたいに透き通っていた。君は笑っているけど、これは本当のことだ。大胆な発想に助けられて、太陽の塔みたいな彼を僕はとても尊敬するし、だからこそ、飼い慣らされたパラノイアみたいに、遠くからただ眺めていたい。
 だが彼女は制止を聞かなかった。彼女の目を見て、僕はすっかりあきらめた。そして今度は彼女の手を取ると、教会で新婦の父がそうするように、思い出の分だけたっぷりと時間をかけて、一歩ずつ一歩ずつ歩いて行った。たとえ境界の向こうで彼女だけが死ぬことになっても──あるいは、彼女だけが生き残っても。