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天国への地図

2004年 木戸隆行
東京アンダーグラウンド誌「SPEAK」2006年8月号 掲載作品
 いつの間にか時が経ってしまった。感じる物の中に生きていた赤い魚たちの尾びれが、風をまきこんで膨らむスカーフのように水中を舞い、立ちすくんだ膝の震えに両手を当てながら、ようやく立っているというのが今日の正直なところだ。アングラなセレブたちのパーティで仲間たちとの立ち話から振り返る女、それも艶を帯びた悲しい目で僕を見つめる彼女の後ろ姿、あるいはところ構わずうなだれる数々の肩、肩、肩……電飾の外された歴史的建造物に囲まれた広場の中央にくくりつけられた巨大なバルーン、それも、目の覚めるような鮮烈な赤いバルーンが浮かんでいるあの、彼の想像上の光景……悲しき逞しさが人を常に美しくしてきたように、活気づいた論理的矛盾がやがて見る者の目に飛び込んでくる。石だ。これは愛しき国から持ち帰ったあの石だ。うらめしいほどに倒れかかる美しき彫像と、決してさわやかとは言えない朝の石畳。welcome to heaven!と言った彼の目線には、僕ではなく天使たちが映っていた。天国では天使たちの着古した高級衣類がところ狭しと並べられ、片隅で、街の売り子が服を脱ぐのが見えた。大切にされてきた過去と丁重に葬られた過去──売り子は自らの服を忘れ、ただ裸でイスにうなだれていた。僕はある光景を思い出す──インチキまがいのジャーナリストに手渡されたスクープ写真、モノクロの革命の瞬間を写した写真には、白髪のよく肥えた老父が頭から黒い血を流して床に倒れていた。これが革命か──僕はそう言った。そうだ、と彼は答えた。本来弱いはずの彼らを正当に弱く扱う、それが革命だ──彼はそうも答えた。まるで大河に取り残された三角州のように、彼らは安穏と振る舞っている。例えば金で飾り立てたり、仕立てのいい燕尾……だがパリには金の装飾が似合う、と僕は反論した。そして彼の目に待ってましたとばかりに光が差すのを見た──。
 いつの間にか時が経ってしまった。何もなすところがなく、また、なすべきものもなく……いや、本来的にはあるべきもののなかに跡形もなく埋め戻された無数の傷跡を見て、また月も見て、来たるべき夜の完全なる自由と、愛と、そして富とをいつになく切実に願うのだった。

※帰り際、僕は天使たちから天国への地図をもらった。